No.362
2023/11/04(Sat) 08:17
1835 字
⚠️脳直気味です
腕を頭の上にうんと伸ばしながら二人で部屋の外に出た。パウリーよりは絶対に働いていない背中が、それでもぼきぼきと悲鳴を上げる。傾き始めた日が水路に反射してきらきらと眩くのを見ながら、「細けぇとこはまた明日だな」とパウリーが今日初めて葉巻に火をつけた。その様子に、葉巻も吸わずにずっと作業してくれていたのだと今更気づいた。
もちろん、いい大人たちもいた。でもいいニュースはなかった。会社がつぶれた、海賊が来た、海に出た大人たちが帰ってこない。子供は大人たちの顔色をうかがって過ごしていた。息を殺して、はしゃがぬよう。大人たちがいないところでだけ、息が吸えた。パウリーとは、あの頃をそういうふうに過ごした。母親や祖母に倣って、そうっと。ある時は手をつないで、道に転がる男を起こさないよう、抜き足差し足で通り抜け、ある時は、酒瓶を片手に涙ぐみながら、訳のわからないことを喚き散らす男から、走って逃げた。逃げおおせた路地裏で、声を殺して笑った。
パウリーからは、島を出てすぐ、まだ私が船に乗っている頃にカードが一枚届いた。『ちゃんと帰って来いよ』と一行走り書きしてあるだけだったけど、カードを買って、書いて、ニュース・クーと交渉し、まだ海の上にいる私に届くよう手配するのは、間違いなく手間だったはずだ。私も憧れの島に着いたらすぐにカードを送った。『着いたよ』と。それ以来、カードは届いていない。
空からやってきたその人は落ちてきた、とも言えるかもしれない。けれど、落ちるそのスピードも自分の意のままにしているような、不思議な光景だった。ハトたちが群れるその真ん中にふわりと音もなく着地する。すらりと降り立ったその体躯から「彼女」ではなく「彼」だとわかった。それまでせっせとパンくずをついばんでいたハトたちは、彼が一歩足を踏み出すと、今さら彼の存在に気づいたみたいで、彼の着地からワンテンポ遅れて慌てて飛び去っていく。
彼は、飛び立つハトの中をゆっくり、でも軽やかな足取りで向かってきた。目深に被った白い帽子で目元は見えなかったが、口元からは笑みが覗いた。ハトはまだ飛び去り続けている。
そして、最後の一羽が空に舞ったのと同時に。
「いやあ、すまん。遅くなった」
「カクが遅れるなんて珍しいじゃねえか。何かあったのか?」
「子猫が木から降りれんようになっとってのう。下ろしてやって、木のそばでおろおろしてたお姉さんが、その猫を飼うっちゅうから、ちょっと立ち話を」
「うわ」
『後半は余計だ』
「なんじゃ、僻みおって。悔しかったら猫を助けてみい」
人懐っこいカクは、入社してすぐに「わしはカク。お前さんはパウリーじゃろ、よろしく」と短く簡潔にわかりやすく声をかけてきた。最初は「……おう」と人見知りをして素っ気なかったパウリーだったが、歳も近く大らかで気のいいカクとはすぐに打ち解けてつるむようになった。ルッチに声をかけにいこう、と誘ってきたのもカクだ。「仲良くなったら面白そうじゃろ? 肩にハトじゃぞ?」今となっては、カクの言葉に乗ってみてよかったなと思っている。
パウリーは、まだ誘っていないカクが、すでにこのまま自分と食事するつもりになっているのに気づいて、気づかれないように口の端だけで笑った。気づかれると、またカクが怒るから本当にそっと。
告解
https://lol8.oops.jp/tx/summer/007.html
虚偽に敏感な彼らだからこそパウリーの正直さが分かってしまうという皮肉!
豪雨
https://lol8.oops.jp/tx/summer/010.html
我ながらさも避難したことがあるような書きぶり🤦♀️
急流
https://lol8.oops.jp/tx/summer/012.html
なーんも聞かず受話器もそのままに走り出してくれるパウリーが好きだ!
夏という月日
https://lol8.oops.jp/tx/summer/013.html
それはそれ、これはこれ、と線引きしてカラッとできるパウリーが好きだ!
イミテーションジュエリー
https://lol8.oops.jp/tx/summer/015.html
パウリーの「本当のお願い」はパウリーとカクさんしか知りません。
美しい過去は嘘に似て
https://lol8.oops.jp/tx/summer/016.html
一歩引いた距離感で描写する二人は新鮮でした。