イミテーションジュエリー

 珍しいな、と言われて、そうだよなあと自分でも思った。
 アクセサリーの類はあまりつけることがなくて、つけてもピアスくらいだった。ネックレスとブレスレット、指輪は、なんというか肌に馴染まず、手に取る回数が減っていって、結果ほとんどつけなくなっている。小ぶりなピアスのちょっとした存在感と、軽い着け心地が好きだった。

「そ、それ、高ぇやつか?」

 オープンテラスでお茶をしていたら、パウリーが私を見つけて声をかけてくれた。アクア・ラグナからの復興も順調で、こうしてお茶をできるくらいには日常が戻ってきている。

「これ? ううん。おもちゃ。五百ベリーくらいだったかな?」
「へえ、おもちゃか。よくできてんな。本物みてぇ」

 金も借りられそうだ、なんてパウリーは言うし、私も馴染みがないからそう思わないこともない。けど、これはれっきとしたおもちゃだった。もちろん、光に当たるとキラキラと反射して、綺麗で可愛い。でも、とても軽くて、気をつけていないと失くしたことにも気づかなさそうだし、リングは妙にテカテカしているし、少し力を加えたらすぐに壊れてしまうだろう。
 だけど、指輪だ。

   ◆

 オープンテラスでお茶をしていたら、通りがかったカクさんに、パウリーの誕生日プレゼントはなにがいいと思う? と唐突に問われ、言葉に詰まってしまった。
 聞けば、今度のお休みにガレーラカンパニーでブルーノの店を貸し切ってパウリーの誕生会を企画しているらしい。「パウリーには内緒じゃぞ?」と人差し指を立てるカクさんに見惚れながらも、わたしはううんと唸ってしまう。幼馴染として、何か気の利いたプレゼントのひとつやふたつ、見繕ってみたい。そうは思っているのだが。

「すごくひどいことを言うんだけど」
「ん?」
「お金、が一番喜ぶ気が」
「それは開口一番、本人からも言われたわい」

 カクさんは心底呆れ果てた様子で首を横に振った。パウリーのやつ、本当に言ったのか。なんだか私まで申し訳なく思って、なんかごめん、と幼馴染の代わりに思ったまま謝る。残念な幼馴染から、他にリクエストはなかったのか聞いてみるが、カクさんは少しの間のあと「くだらんことしか言わなくてのう」と困ったような顔をした。ヤガラレースの馬券でもねだったのだろうか。あり得る。

「予算はどれくらい? 会社からのプレゼント?」
「いや、わしとルッチから」

 へえ、と少し意表を突かれた。
 てっきり会社で準備するものかと思ったのに。個人的なものとは想像していなかった。ルッチさんはなんて? と聞いてみたが「ルッチに期待するのが間違いじゃ」と言われてしまう。

「そっか。じゃあ、灰皿とか、シガーカッターとかは?」
「残るものは気色悪く思わんか?」
「そんなことないけど。もう注文が多いなあ」

 口を尖らせると「わはは、すまんの」とまったく悪びれていない笑顔で謝罪を受ける。

「それなら葉巻? パウリーが普段、買えないような高価なやつ」
「おお! そりゃいいの! 豚に真珠かもしれんが」
「パウリーが普段吸ってる葉巻の銘柄なんて知らないから、煙草屋さんのお姉さんに聞こう」

 私はぬるくなったコーヒーを一気に飲み干した。店内にごちそうさまでしたと声をかけ、パウリー馴染みのお店となった煙草屋さんにカクさんと連れ立って行く。

   ◆

 パウリーだったら最近は、というよりここ数年、もっぱらこの辺を買ってるから、似た系統なら、あの島のこの銘柄あたりがおすすめだが、そのランクになるとうちでは取り扱ってないから大通りの端にあるシガー専門店に行くといい、と煙草屋のお姉さんは、ハキハキとした口調で、とても親切に教えてくれた。さすが、パウリーの初恋の相手だ。パウリーはやっぱり見る目がある。
 紹介されたシガー専門店で接客してくれた店長さんも穏やかで丁寧ないい人で、素人の私たちにほどよい距離感で接してくれた。プレゼントなのだと伝えると、在庫整理で余ってしまったのだという葉巻を一本、ラッピング用のリボンと一緒におまけで入れてくれる。「当日に封から出して、このリボンを巻いたらいい」と。本命の葉巻は、出来るだけ直射日光に当てぬよう、密閉して保管してほしいとのことだ。「数日ならあまり過敏にならなくても良いですが」とのことだが、カクさんと顔を見合わせてから、こくりと頷く。その様子をみた店長さんに「素敵なご友人ですね」と微笑まれ、こそばゆい気持ちになった。

「自分たちで言うのもなんだけど、いいのが買えたんじゃない?」

 店を出ると、店長さんの言葉に気を良くした単純な私は、カクさんにも同意を求めた。

「ほんとじゃな。パウリーは素敵なご友人に感謝せんと」
「葉巻なんて今まで興味なかったから、知らないことばっかりだったね」

 店長さんがいい人でよかった、と続けたところで、一緒に歩いていたはずのカクさんの気配が隣から消える。何事かと後ろを見れば、カクさんが雑貨屋さんの前で足を止め、軒先に並べてある商品をじっと見ている。何を見てるんだろう、とカクさんの隣に並び立ったのとカクさんが口を開いたのが同時だった。

ちゃん、こういうのは? 興味ないんか?」
「わあ。か、かわいい……!!」

 店の軒先で雑多に山になっていたのは、指輪だった。雑な並べられ方に一瞬驚いたが、理由は手に取らなくてもすぐにわかる。おもちゃなのだ。値段は百ベリーから千ベリーくらいで、三つで千ベリーなんてのもある。子供用のビビッドでカラフルなデザインのものも多かったが、本物みたいに見える大人向けの、ジュエリーといって差し支えないデザインのものもあった。

「こまくてよう見えん」
「うそだ。なんで急におじいちゃんになるの」
「ばれた」

 大きなエメラルド色のストーンにゴールドのリング、小さなストーンが散りばめられているデザイン、オーロラ色のセンターストーンにダイヤのような輝きのサイドストーンを添えたもの、ピンクからパープルへのグラデーションが見事なものもある。サファイヤ、ルビー、パール、トルマリン、タンザナイト、アメジスト……買おうと思ったわけではないのだが、どんなものがあるのかと興味が尽きなくて、宝探しみたいに夢中で好みのデザインの指輪をより分けていく。山の下の方まで粗方さらって、ようやく満足した。

「かわいい。かわいいしか言えない。私の中の女の子が大歓声を上げている」
「どれが好きなんじゃ?」
「え?」
「好きなの、どれじゃ?」

 問われると大いに迷う。華奢なデザインのものもかわいいと思ったし、ザ・宝石といった主張の強いものも、おもちゃという軽さのせいか、意外と圧を感じなかった。どれもいいな、と思ったが、もし身に着けるとしたらという観点で選び、ゆらゆら揺れる指先で、ただひとつを指差す。

「うーん……、これかな」
「よし、今日のお礼にプレゼントしちゃろ」
「え⁉ だ、大丈夫だよ! 大したことしてない!」
「そんなこと言ったらこれだって大した値段じゃないじゃろ。ん? かえって失礼か?」
「いや、そんな、ことはない……けど」

 でもこれ、指輪だ。おもちゃだけど。

「なんじゃ? 気に入らんか?」
「……ううん。欲しい」

 自分だけ意識しているみたいで恥ずかしかったが、あがる体温はどうすることもできず、頬が、耳が、染まっていく。カクさんはこちらを見ない。

   ◆

「ねえ。カクさん達に、誕生日は何が欲しいってリクエストしたの?」

 私は、もう彼らの話題を避けることはしなかった。彼らがこの島でパウリーと五年を過ごして、私と会ってひと夏を過ごして、それがパウリーにとっても私にとっても、かけがえのないものだということは変わらないということがわかったから。

「金」
「やっぱり……。それだけ?」

 即答したパウリーに私は念を押すように問いを重ねる。

『これからずっと、じいさんになっても、お前らと騒げたらそれで十分だ』
「あァ。金が一番だろ」

 パウリーはまた即答した。思いを馳せることも、言い淀むこともない。

「まあ、お金は大事だねえ」

 私の大事なものは、母と祖母の写真。パウリーからもらったカード。それからこの指輪。きっと、ずっと一緒に避難する。でも、指輪の理由はとうとうわからずじまい。仕方がないから、勝手に大事にする。



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