HOMETEXT .

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わるいひと #東徹

 東が、悪い。

 運び込ませた新品のソファベッドに身体を預けると、脱力しているからか、心臓だけがどくどくと高鳴っているのがわかった。ひとたび片足を乗せれば、それだけで沈んでしまうほどの柔らかで分厚い絨毯。そこに転がる東を見ていると、内臓がぎゅうっと収縮して、寒くはないのにぞくぞくと鳥肌が立つ。反応しているのはきっと子宮だ。思って、唇を舐めるとカサカサと乾いていた。
 ソファの後ろは大きな掃き出し窓のようになっていて、明るい陽射しが後頭部をちりちりと灼く。後ろを振り向けば、窓の向こうには何の変哲もない日常が流れているはずだ。
 ああ早く、目を開けて欲しい。

「う゛っ……」

 東の瞼がびくびく痙攣して、喉仏が上下したかと思ったら、閉じていた瞼がゆっくり開いた。途端、何かの仕掛けみたいにがばっと起き上がる。間髪入れずに「なんなんです、これ」と私をその場に縫い付けるような鋭い視線をサングラス越しに投げてくるのだから恐れ入る。

「どうしても、東としたいの」

 この状況で、急にこんなこと言っても東にはさっぱりわからないだろうなと思ったのに、東は意外にもちゃんと状況と意味を理解して「勘弁してください」とシンプルに拒絶した。瞬時の状況把握がすごい。

「なんでよ、ここまでしたのに」
「お嬢、俺を殺したいんですか?」
「そんなわけない。でも東が悪い。私にここまでさせて」
「そうやって人のせいにするのは良くねぇですよ」

 ガキじゃねえんですから、とこんな時でもお説教だ。馬鹿みたい。
 ガキな私は途端に苛々して、両足をソファに乗せるとそのまま大きくM字に開いた。私が全裸だったなら、足の間から床に座っている東の顔が見えるはずだが、生憎、膝下まである慎み深いスカートを身に着けていたので東の顔はそれに隠れて見えない。それでも、東には下着が見えているだろう。東のことだから、顔を逸らしているかもしれないけれど。
 何か言ってよ、と痺れを切らして声をあげようとしたタイミングで「馬鹿らしくなりましたよ。おれァ」と東の低い声がスカートの向こうから聞こえ、足先からぶるりと震えが伝った。
 晒している下着に、それで隠している秘所に、刺さるみたいな声だった。

「なにが?」
「なにが? なにがってそんなの、ひとり馬鹿みてぇに一線越えねえようにしてんのが、ですよ」
「え」

 こんな車、どうやって知ったんですか? と明らかに面白がって揶揄する声音に、私はかあっと頬が熱くなって、ぎゅっと脚を閉じた。私から見えるようになった東は胡坐をかいて、頬杖をつきながら私を見ている。

「いいですよ、お嬢。やりましょうや」

 東は勢いよく立ち上がって、どかどかと大股で距離を詰めてきた。東の動きはあっという間で、私は少しも動けず、両脇に伸びる東の腕で逃げ場を潰される。東の側に寄るといつも香る煙草と整髪料が混じったみたいな香りが、いつもよりずっと濃くてくらくらした。
 東は勢いのわりに優しい声音で、じわじわ私を支配していく。

「さ、後ろ向いてください」
「え、うし、ろ?」
「お嬢、そりゃねぇですよ。なんでこの車を選んだんですか?」

 そうだ。後ろを振り向けば、窓の向こうには何の変哲もない日常が。

「ほら、いつまで俺を見てるんすか?」

 東の声に操られるみたいに、ゆっくり身体を捻って、後ろを向く。
 顔を上げると、街を歩く人たちの横顔が次から次へと目の前を通り過ぎていった。

「ひ、ぁっ」

 太ももを、すり、すり、と撫でながら「これ、防音仕様じゃないらしいすよ」と東が耳元で無慈悲に呟く。
 東が、悪いんじゃない。
 東は、悪い。わるいひと。私はそれを、これから身体で丁寧に思い知る。
おしまい

官能小説,短編,その他 1570字 No.55 

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