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昔の話をしようか #ドラハー
夏休みは何かしていないととても暇だ。 というわけで、明日スコーピウスのおうちに遊びに行くのよとママに言ったら、 スコーピウスってあのマルフォイの? と、静かに、でもとてもびっくりした後、 少し黙ってから笑って、「わかったわ。いってらっしゃい、お行儀よくね」と言った。 私はそんなふうにびっくりしたママにびっくりして、「……頑張るわ」としか言えなかった。 スコーピウスのおうちは確かに純血の旧家だけれども、 そんなにおっかなびっくり訪ねるようなおうちなのかしらと思った。 だってスコーピウスはいつも言ってるわ。 スリザリンには未だに純血至上主義の古いやつらが大勢いてうんざりするよ、と。 彼はスリザリンを嫌っちゃいなかったし、グリフィンドールになりたいなんて 思ってもいないけれど、でもあまりスリザリンを好いてもいなかった。 そしてなんとなく、お父上のことも好いていないようだった。 はっきりと彼がそう言ったわけじゃないけれど、 純血至上主義のやつらと言いながら、それにはお父上も含まれているのかしらと思うだけだった。
彼は旧家特有の品の良さと優雅さを備えつつ、 旧家特有のプライドはあまり持ち合わせていないようだった。 彼は自分の家が特別視されるのを嫌っていたし、 それゆえの待遇をされるのも好まなかった。 私達と同じものを食べ、喜び、同じものを着て、遊んだ。 お父上は、そんなスコーピウスを大声で叱ることはなかったようだけど、 かといって奨励したわけでもないようだった。 スコーピウスは、父上はこの時代に耐えてらっしゃるんだと笑う。 父上には受け入れがたいんだ、と。 でも、逆らうことも出来ず、かなり努力して妥協して、 そして耐えてらっしゃるんだと思うよ。 そう言いながら、スコーピウスはちょっと悲しそうだった。
スコーピウスのおうちは、特別視するなという方が無理な、 まさに旧家! といった佇まいだった。 スプーンひとつをとっても、 私には想像も及ばない歴史があるかのような雰囲気を漂わせていた。 スコーピウスの部屋のソファも絨毯も、ベッドもカーテンも、 何もかもが私たちを包み込み、とてもあたたかで、守られている気持ちになる。 この部屋で家で育ったスコーピウスが、 優しい子になるのは当たり前のような気がした。 全てに慈愛を感じるような、そんな部屋だった。
「ここは昔、父上の部屋だったんだって」
「まあ! なんだか不思議な感じね」
「おじい様も子供の頃はここで過ごしたとおっしゃっていた」
「じゃあ、この部屋は代々、マルフォイ家の嫡男が育つ部屋なのね」
「部屋がないだけだよ」
「御冗談を! 大きなおうちじゃない。でも不思議と落ち着くのね。 わたし、あまりに広すぎてそわそわしてしまうんじゃないかと思っていたわ」
「玄関ではしっかりそわそわしてたよ」
「やっぱり!? なんだか恥ずかしいわね。でも慣れてないの、笑わないでね」
「笑ったりしないよ。あ、そうだ。庭に出てみる? うちではどの季節でも薔薇を咲かすんだ」
「そうなの? さすがねえ」
彼はわたしを庭まで案内すると、ティーセットを持ってくるねと一旦屋敷へ戻った。 しもべ妖精が、わたくしめにお任せを! お任せを! とわめいていたが、 じゃあ一緒に行こうか、と連れだっていった。 スコーピウスの話だと、今この家にいるしもべ妖精には、 すでにお父上がプレゼントを贈っていて、それでも残っているものばかりらしかった。 父上は慕われてもうんざりしたような顔をしているけどね、とも言っていた。
それにしても、見事な庭もとい薔薇だった。 葉は濃い緑をしていて降り注ぐ陽の光を跳ね返し、 棘は触れるのが躊躇われるほど鋭く尖って やわらかな花を奪おうをするものを拒み、守っていた。 植えられている薔薇がなんという品種かはわからなかったけれど、 その美しさと香りの良さはわかった。 区画ごとにいろいろな品種が植えられているらしく、 よく見ると、八重咲きになっていたり、花の形や大きさ、草丈なんかが違っていて、 隣と隣を見て歩くのが楽しかった。 そうやって、それらに惹かれてどんどん奥に進むと、こじんまりとした東屋があった。 その東屋の周りには白薔薇と青薔薇しかない。 特に青薔薇はたった今通り抜けてきた中には見つからなかった、 ここで初めて見た色だった。 石造りの東屋は、屋根がドーム型でかわいらしく、 白いツルバラが絡みついていた。 そしてその中には、 スコーピウスと同じプラチナ・ブロンドの男性がこちらを背中に向けて どこか遠くを見るようにしていた。
「こんにちは……」
東屋に近づき、恐る恐る声をかけると、 その方はゆっくりこちらを振り返り、私を視界に入れ、そして認識すると、 ほんの一瞬だけ、まるで見まいとしていたものを うっかり見てしまった時のような驚きと怒りの表情を浮かべた。そして、
「ここは、プライベートな庭なのだが……」
と眉をひそめておっしゃった。冷たい声だった。
「それは……申し訳ありませんでした。 わたし、今日、スコーピウスに招待されまして……。 素晴らしいお庭だったものですから、つい奥に入ってしまいました」
「ああ、スコーピウスの……。それは失礼した」
「いえ、こちらこそ不躾にお声をかけてしまいすみませんでした」
そう頭を下げると、その方はそのとき初めて、ほんの少しだけ声を和らげて、
「あなたは母上とは大違い。素直な方だ」
と、おっしゃった。 びっくりして顔を上げると、その方はわたしをまっすぐ見ていた。
「母をご存じなんですか?」
そう尋ねると、その方はわたしが声をかける前と同じように、 背中を向け、遠くを見つめながら
「グレンジャーか」
わたしは今まで、父や母と同じ年の男性が、 私たちと同じような、まるで子供みたいな声を出せるなんて知らなくて、 その場で固まってしまった。 遠くで私の名を呼ぶスコーピウスの声が聞こえたが、 私はずっとその場に立ちつくしていた。 スコーピウスの父上も、それ以上何も言わなかった。
おしまい
夏休みは何かしていないととても暇だ。 というわけで、明日スコーピウスのおうちに遊びに行くのよとママに言ったら、 スコーピウスってあのマルフォイの? と、静かに、でもとてもびっくりした後、 少し黙ってから笑って、「わかったわ。いってらっしゃい、お行儀よくね」と言った。 私はそんなふうにびっくりしたママにびっくりして、「……頑張るわ」としか言えなかった。 スコーピウスのおうちは確かに純血の旧家だけれども、 そんなにおっかなびっくり訪ねるようなおうちなのかしらと思った。 だってスコーピウスはいつも言ってるわ。 スリザリンには未だに純血至上主義の古いやつらが大勢いてうんざりするよ、と。 彼はスリザリンを嫌っちゃいなかったし、グリフィンドールになりたいなんて 思ってもいないけれど、でもあまりスリザリンを好いてもいなかった。 そしてなんとなく、お父上のことも好いていないようだった。 はっきりと彼がそう言ったわけじゃないけれど、 純血至上主義のやつらと言いながら、それにはお父上も含まれているのかしらと思うだけだった。
彼は旧家特有の品の良さと優雅さを備えつつ、 旧家特有のプライドはあまり持ち合わせていないようだった。 彼は自分の家が特別視されるのを嫌っていたし、 それゆえの待遇をされるのも好まなかった。 私達と同じものを食べ、喜び、同じものを着て、遊んだ。 お父上は、そんなスコーピウスを大声で叱ることはなかったようだけど、 かといって奨励したわけでもないようだった。 スコーピウスは、父上はこの時代に耐えてらっしゃるんだと笑う。 父上には受け入れがたいんだ、と。 でも、逆らうことも出来ず、かなり努力して妥協して、 そして耐えてらっしゃるんだと思うよ。 そう言いながら、スコーピウスはちょっと悲しそうだった。
スコーピウスのおうちは、特別視するなという方が無理な、 まさに旧家! といった佇まいだった。 スプーンひとつをとっても、 私には想像も及ばない歴史があるかのような雰囲気を漂わせていた。 スコーピウスの部屋のソファも絨毯も、ベッドもカーテンも、 何もかもが私たちを包み込み、とてもあたたかで、守られている気持ちになる。 この部屋で家で育ったスコーピウスが、 優しい子になるのは当たり前のような気がした。 全てに慈愛を感じるような、そんな部屋だった。
「ここは昔、父上の部屋だったんだって」
「まあ! なんだか不思議な感じね」
「おじい様も子供の頃はここで過ごしたとおっしゃっていた」
「じゃあ、この部屋は代々、マルフォイ家の嫡男が育つ部屋なのね」
「部屋がないだけだよ」
「御冗談を! 大きなおうちじゃない。でも不思議と落ち着くのね。 わたし、あまりに広すぎてそわそわしてしまうんじゃないかと思っていたわ」
「玄関ではしっかりそわそわしてたよ」
「やっぱり!? なんだか恥ずかしいわね。でも慣れてないの、笑わないでね」
「笑ったりしないよ。あ、そうだ。庭に出てみる? うちではどの季節でも薔薇を咲かすんだ」
「そうなの? さすがねえ」
彼はわたしを庭まで案内すると、ティーセットを持ってくるねと一旦屋敷へ戻った。 しもべ妖精が、わたくしめにお任せを! お任せを! とわめいていたが、 じゃあ一緒に行こうか、と連れだっていった。 スコーピウスの話だと、今この家にいるしもべ妖精には、 すでにお父上がプレゼントを贈っていて、それでも残っているものばかりらしかった。 父上は慕われてもうんざりしたような顔をしているけどね、とも言っていた。
それにしても、見事な庭もとい薔薇だった。 葉は濃い緑をしていて降り注ぐ陽の光を跳ね返し、 棘は触れるのが躊躇われるほど鋭く尖って やわらかな花を奪おうをするものを拒み、守っていた。 植えられている薔薇がなんという品種かはわからなかったけれど、 その美しさと香りの良さはわかった。 区画ごとにいろいろな品種が植えられているらしく、 よく見ると、八重咲きになっていたり、花の形や大きさ、草丈なんかが違っていて、 隣と隣を見て歩くのが楽しかった。 そうやって、それらに惹かれてどんどん奥に進むと、こじんまりとした東屋があった。 その東屋の周りには白薔薇と青薔薇しかない。 特に青薔薇はたった今通り抜けてきた中には見つからなかった、 ここで初めて見た色だった。 石造りの東屋は、屋根がドーム型でかわいらしく、 白いツルバラが絡みついていた。 そしてその中には、 スコーピウスと同じプラチナ・ブロンドの男性がこちらを背中に向けて どこか遠くを見るようにしていた。
「こんにちは……」
東屋に近づき、恐る恐る声をかけると、 その方はゆっくりこちらを振り返り、私を視界に入れ、そして認識すると、 ほんの一瞬だけ、まるで見まいとしていたものを うっかり見てしまった時のような驚きと怒りの表情を浮かべた。そして、
「ここは、プライベートな庭なのだが……」
と眉をひそめておっしゃった。冷たい声だった。
「それは……申し訳ありませんでした。 わたし、今日、スコーピウスに招待されまして……。 素晴らしいお庭だったものですから、つい奥に入ってしまいました」
「ああ、スコーピウスの……。それは失礼した」
「いえ、こちらこそ不躾にお声をかけてしまいすみませんでした」
そう頭を下げると、その方はそのとき初めて、ほんの少しだけ声を和らげて、
「あなたは母上とは大違い。素直な方だ」
と、おっしゃった。 びっくりして顔を上げると、その方はわたしをまっすぐ見ていた。
「母をご存じなんですか?」
そう尋ねると、その方はわたしが声をかける前と同じように、 背中を向け、遠くを見つめながら
「グレンジャーか」
わたしは今まで、父や母と同じ年の男性が、 私たちと同じような、まるで子供みたいな声を出せるなんて知らなくて、 その場で固まってしまった。 遠くで私の名を呼ぶスコーピウスの声が聞こえたが、 私はずっとその場に立ちつくしていた。 スコーピウスの父上も、それ以上何も言わなかった。
おしまい
潜熱 #ドラハー
「わたし、結婚するわ」
「奇遇だな、僕もだ」
二人は同じタイミングで紅茶を口に運び、 そのことに気づいて気まずそうに、そしてゆっくりとカップをソーサーの上に戻したが、 結局そのタイミングも同じだった。
窓の外では霧のような小雨が降っていて、別にこのまま無言で紅茶を飲みほし、「それじゃあ。久しぶりに会えて良かった」と形式的な挨拶をして、 そそくさと席を立っても良かったのだが、二人ともそうはしなかった。紅茶を飲むわけでもなく、時計を気にするわけでもなく、 頬杖をついたり、足を組みかえたり、それぞれがくつろいでそこに座っていた。 視線は先ほどからずっと窓の外だ。
外には特に何があるわけでもなく、ただ、丁寧に手入れがされ、愛情を存分に注がれているだろう、 バラの植え込みが続いていた。 店の主人は、「今日はお客さんも少ないんで、ちょっと出てきます」と言って、 店を出ていってしまった。 あの口ぶりだと、三十分、一時間は帰ってこないような気がした。 その詫びのつもりなのか、スコーンやクッキーなどのお茶うけとティーポットは置いていったようだ。 かわいらしいティーコゼーはなかなか熱を逃がさないようで、 二杯目の紅茶も温かく、そしてとてもおいしかった。
「わたしたち、小雨の降る中で会ったこと、あったかしら?」
「……いや、初めてじゃないか?」
「そうよね。わたしが思い出すのは、なんとなく晴れた日だわ。半袖で」
「僕は夕食前の図書室を思い出すけど」
「ああ、あなたは二人きりのときを思い出してくれているのね」
彼女がくすくすとからかうように笑うものだから、彼は少し照れ、 それを隠すように苛立った素振りをし、紅茶を飲むことでその場をしのいだ。
「わたしは、初夏の光で溶けそうなあなたを思い出すの。ハリーもロンもいて。 わたしは二人にばれないように、そっと盗み見ていたわ」
「僕もたった今、ぼさぼさ頭で少しばかり前歯の目立つかわいらしい在りし日の君を思い出しているところだよ。 あいにく、忌々しいポッターだのウィーズリーだのは記憶から抹消したんで思い出せないがね」
「……大人げないわよ」
彼女はきっと彼を睨んで、ジャムをのせたスコーンをほおばった。 彼はそれを見て、「悪かったよ」と謝りながらスコーンをもう一つ取り分けてあげた。
小雨は音もなく振り続けているのだが、音にならない音が聞こえるような気もした。 それは二人を外界から遮断し、見えなくしている透明マントのようにも思える。 小雨に濡れるバラは一層、その色を濃くしていた。
「『やあ、グレンジャー。いい加減その爆発しそうな頭を何とかしてくれないか?』」
「僕はそんな嫌味なことを言うように教育されてないはずだが」
「誰もあなたが言っただなんて、言ってないじゃない」
彼女は言い終わるか終らないかのところで、声をあげて笑った。 ひとしきり笑った後もまだおさまらないようで、ひいひい言いながら、肩を震わせていた。 彼は俯いて「ちくしょう」と小声で呟いている。 そして、さっき彼女に取り分けてあげたスコーンを自分の方へ引き寄せて、 少しだけクリームをのせて、食べてしまった。 彼女は「悪かったわ」と悪びれていないふうに言った。
「ねえ、」
「なんだい?」
彼女はその後の言葉を言おうか、言うまいかと迷っていた。 今なら言える気もしたし、言ってしまっては何かが終わってしまうような気もした。 今日のこの良き日を台無しにはしたくなかった。
彼女がそのまま黙って紅茶で喉を潤しているのを見て、彼がそっと口を開いた。
「君が何を思っているのかは知る由もないが、少なくともあの頃は良かった。 そして今もだ。君に会えて良かった」
彼女はそれを聞いた瞬間、心臓をぎゅっと絞られているようになり、 声が出せなくなって、代わりに今にも泣きそうな顔で笑った。
彼はあの頃となんら変わっていない、それがひたすら嬉しかった。
「ねえ、後悔してる?」
潜熱
おしまい
「わたし、結婚するわ」
「奇遇だな、僕もだ」
二人は同じタイミングで紅茶を口に運び、 そのことに気づいて気まずそうに、そしてゆっくりとカップをソーサーの上に戻したが、 結局そのタイミングも同じだった。
窓の外では霧のような小雨が降っていて、別にこのまま無言で紅茶を飲みほし、「それじゃあ。久しぶりに会えて良かった」と形式的な挨拶をして、 そそくさと席を立っても良かったのだが、二人ともそうはしなかった。紅茶を飲むわけでもなく、時計を気にするわけでもなく、 頬杖をついたり、足を組みかえたり、それぞれがくつろいでそこに座っていた。 視線は先ほどからずっと窓の外だ。
外には特に何があるわけでもなく、ただ、丁寧に手入れがされ、愛情を存分に注がれているだろう、 バラの植え込みが続いていた。 店の主人は、「今日はお客さんも少ないんで、ちょっと出てきます」と言って、 店を出ていってしまった。 あの口ぶりだと、三十分、一時間は帰ってこないような気がした。 その詫びのつもりなのか、スコーンやクッキーなどのお茶うけとティーポットは置いていったようだ。 かわいらしいティーコゼーはなかなか熱を逃がさないようで、 二杯目の紅茶も温かく、そしてとてもおいしかった。
「わたしたち、小雨の降る中で会ったこと、あったかしら?」
「……いや、初めてじゃないか?」
「そうよね。わたしが思い出すのは、なんとなく晴れた日だわ。半袖で」
「僕は夕食前の図書室を思い出すけど」
「ああ、あなたは二人きりのときを思い出してくれているのね」
彼女がくすくすとからかうように笑うものだから、彼は少し照れ、 それを隠すように苛立った素振りをし、紅茶を飲むことでその場をしのいだ。
「わたしは、初夏の光で溶けそうなあなたを思い出すの。ハリーもロンもいて。 わたしは二人にばれないように、そっと盗み見ていたわ」
「僕もたった今、ぼさぼさ頭で少しばかり前歯の目立つかわいらしい在りし日の君を思い出しているところだよ。 あいにく、忌々しいポッターだのウィーズリーだのは記憶から抹消したんで思い出せないがね」
「……大人げないわよ」
彼女はきっと彼を睨んで、ジャムをのせたスコーンをほおばった。 彼はそれを見て、「悪かったよ」と謝りながらスコーンをもう一つ取り分けてあげた。
小雨は音もなく振り続けているのだが、音にならない音が聞こえるような気もした。 それは二人を外界から遮断し、見えなくしている透明マントのようにも思える。 小雨に濡れるバラは一層、その色を濃くしていた。
「『やあ、グレンジャー。いい加減その爆発しそうな頭を何とかしてくれないか?』」
「僕はそんな嫌味なことを言うように教育されてないはずだが」
「誰もあなたが言っただなんて、言ってないじゃない」
彼女は言い終わるか終らないかのところで、声をあげて笑った。 ひとしきり笑った後もまだおさまらないようで、ひいひい言いながら、肩を震わせていた。 彼は俯いて「ちくしょう」と小声で呟いている。 そして、さっき彼女に取り分けてあげたスコーンを自分の方へ引き寄せて、 少しだけクリームをのせて、食べてしまった。 彼女は「悪かったわ」と悪びれていないふうに言った。
「ねえ、」
「なんだい?」
彼女はその後の言葉を言おうか、言うまいかと迷っていた。 今なら言える気もしたし、言ってしまっては何かが終わってしまうような気もした。 今日のこの良き日を台無しにはしたくなかった。
彼女がそのまま黙って紅茶で喉を潤しているのを見て、彼がそっと口を開いた。
「君が何を思っているのかは知る由もないが、少なくともあの頃は良かった。 そして今もだ。君に会えて良かった」
彼女はそれを聞いた瞬間、心臓をぎゅっと絞られているようになり、 声が出せなくなって、代わりに今にも泣きそうな顔で笑った。
彼はあの頃となんら変わっていない、それがひたすら嬉しかった。
「ねえ、後悔してる?」
潜熱
おしまい
眼前の攻防 #カク #ルッチ #ジャブラ #長編第1話
「さて、何度言えばわかるのかな?」
表向きは大変に多忙なスパンダム長官を補佐するという名目、本当のところは不甲斐ない長官の補佐をさせようという理由で新たに派遣されてきた副長官殿はウカと名乗り、挨拶もままならないうちに申し訳ないがと言いながら、ルッチ、カク、ジャブラ、フクロウを横一列に並ばせて笑顔で問いかけた。ルッチの片眉がぴくりを動いたであろうことを長年の付き合いで察したカクは内心「勘弁してくれ」と頭を抱えたくなっている。ジャブラは両手をポケットの突っ込みながら欠伸をし、フクロウは背筋は伸ばしつつも、気まずそうに視線を明後日の方へと向けていた。
「君たちはCP9。他のCPの模範になってもらわねば。そうだろう? ロブ・ルッチくん?」
「……何がご不満で?」
ルッチが苛立ちを隠そうともせず不遜な態度で応戦するので、隣のカクは肩をすくめた。
「失態を隠そうと予定より多く殺すのはやめてくれないか? なあ、フクロウくん」
突然名を呼ばれたフクロウがびくりと身体を震わせたのをみたルッチは、フクロウが謝罪の言葉を口にする前に「失態ではありませんし、そもそもやつらは世界政府にたてつく不穏分子です」と擁護する。ウカは少しだけ目を丸くして、フクロウくんはいいリーダーに恵まれたね、と微笑んだ。
「命令以上に人を殺すのは失態ではない、と。そうだ、そうだ。君はそうだった」
でもね、と一段低い声でウカは続ける。
「頭の言う通りに動かない手足になんの価値が?」
ウカの言葉にジャブラがぴゅうと口笛を吹いた。ルッチがやり込められているのが楽しくてしょうがないのだろうが、ルッチとジャブラの間に挟まれているカクは気が気でない。フクロウはウカの迫力に白目をむいており、立っているのがやっとのようだ。ウカとルッチのにらみ合いは恐らく十秒にも満たないものだったが、ビリビリと張りつめた空気は吸うだけで息苦しく、カクとフクロウは息を潜めた。
そんななか、根負けしたルッチは大きく大袈裟に息を吐くと「…………善処します」と思ってもいないことをとりあえず答える。
「よろしい。さあさあ、話はこれだけだ」
ウカは両手をパンと叩いて部屋を後にしようとしたが、ドアの前で、おっと忘れるところだったと踵を返して恐ろしい言葉を口にする。
「忠誠を誓うキスがまだだったね」
◆
カツカツと革靴の底を鳴らしながらウカが近づいてくる。殺意を噛み潰したようなルッチの歯軋りが聞こえ、カクがルッチが殴りかかりそうになったら全力で止めんと、そう覚悟を決めたそのとき、
「おれァ誓うぜ~!」
とジャブラがウカの手をすっと取った。片手はポケットに突っ込んだまま、ウカの手の甲に口づける。ウカは少し驚いたようだが目を輝かせた。
「ジャブラさん! 嬉しいです。仕事ぶりでも認めていただけるよう尽力しますので」
「ルッチにあれだけ言えれば、あのヘボ長官より役に立つぜ! まずぁ合格だ! おいお前ら! おれは完っ全にウカ派だかんな」
よろしく頼むぜ、とウカの肩を組むジャブラを見てカクは目眩を覚えた。ルッチは額に青筋をたてながらその光景を睨みつけている。
「忠誠を誓う?そんな行為に意味がありますか?」
「愚問だ」
ルッチの問いをウカがぴしゃりとはねつける。博識な君ならもちろん知っているだろうが、と前置きをしてウカは言葉を続けた。
「人間は自分が思っている以上に身体の動きに脳が騙される。”すること”が重要なんだよ」
乙女に恥をかかせないでほしいね、とルッチの口元へ手をさしのべながら、ウカは暗く冷たい声音で最後通告を突きつける。
「死にたくなかったら、死ぬまでおれの上官でいることですね」
「心配には及ばないよ」
ここは力がすべてじゃない。知っているだろう? とウカの高笑いが響く。
◆
「さあ」
自分より背の低い女のはずなのになぜか始終上から見下ろされているような気分で、ルッチはかなり苛ついていた。ジャブラがウカと一緒になってこちらをにやにやと眺めてくるのも癪に障る。
ルッチはウカが差し出した手を取ると、口づけの代わりに、人差し指に甘く噛みついた。だが、ウカは声をあげるどころか、微動だにもしない。
「……声を出さないのは立派ですね」
「獣に手を出すのだからね。噛まれるくらいは覚悟の上だよ」
「痛みにはなれているようで。大したものだ。では、これは?」
ルッチはウカを睨み付けながらさっきつけた人差し指の歯形を舌でゆっくり何度もなぞった。指の腹を舌先でくすぐり、舌の柔らかさと温かさを無理矢理押し付ける。そうして舌で指を嬲ったあとは、指を口に含むようにしてちゅう、と吸う。
そんなことをしてみても、呆れるほどに表情を変えず、うすら笑いを顔に貼りつけたままのウカをみて、ルッチは諦めたように唇を離した。
「体温あがってんぜ? ウカ」
ジャブラの声にルッチは耳を疑った。声出してもよかったのによ、と耳元で囁かれているウカには、少なくとも全くそんな気配はない。ジャブラさんがくっついてるからですよ、と媚びたような物言いは聞くに堪えなかったが、果たして真実は。
「それにしても驚いたよ。噛みついたあと傷をなめるなんてね。誰にしつけてもらったんだ?」
かわいい猫ちゃん?
ウカが言い終わるや否や、ルッチが獣の唸り声をあげながら豹の姿になっていくのをカクとフクロウが慌てて止め、ジャブラは腹を抱えて笑っている。副長官は、後は任せた、と颯爽と部屋をあとにした。
おしまい
→
「さて、何度言えばわかるのかな?」
表向きは大変に多忙なスパンダム長官を補佐するという名目、本当のところは不甲斐ない長官の補佐をさせようという理由で新たに派遣されてきた副長官殿はウカと名乗り、挨拶もままならないうちに申し訳ないがと言いながら、ルッチ、カク、ジャブラ、フクロウを横一列に並ばせて笑顔で問いかけた。ルッチの片眉がぴくりを動いたであろうことを長年の付き合いで察したカクは内心「勘弁してくれ」と頭を抱えたくなっている。ジャブラは両手をポケットの突っ込みながら欠伸をし、フクロウは背筋は伸ばしつつも、気まずそうに視線を明後日の方へと向けていた。
「君たちはCP9。他のCPの模範になってもらわねば。そうだろう? ロブ・ルッチくん?」
「……何がご不満で?」
ルッチが苛立ちを隠そうともせず不遜な態度で応戦するので、隣のカクは肩をすくめた。
「失態を隠そうと予定より多く殺すのはやめてくれないか? なあ、フクロウくん」
突然名を呼ばれたフクロウがびくりと身体を震わせたのをみたルッチは、フクロウが謝罪の言葉を口にする前に「失態ではありませんし、そもそもやつらは世界政府にたてつく不穏分子です」と擁護する。ウカは少しだけ目を丸くして、フクロウくんはいいリーダーに恵まれたね、と微笑んだ。
「命令以上に人を殺すのは失態ではない、と。そうだ、そうだ。君はそうだった」
でもね、と一段低い声でウカは続ける。
「頭の言う通りに動かない手足になんの価値が?」
ウカの言葉にジャブラがぴゅうと口笛を吹いた。ルッチがやり込められているのが楽しくてしょうがないのだろうが、ルッチとジャブラの間に挟まれているカクは気が気でない。フクロウはウカの迫力に白目をむいており、立っているのがやっとのようだ。ウカとルッチのにらみ合いは恐らく十秒にも満たないものだったが、ビリビリと張りつめた空気は吸うだけで息苦しく、カクとフクロウは息を潜めた。
そんななか、根負けしたルッチは大きく大袈裟に息を吐くと「…………善処します」と思ってもいないことをとりあえず答える。
「よろしい。さあさあ、話はこれだけだ」
ウカは両手をパンと叩いて部屋を後にしようとしたが、ドアの前で、おっと忘れるところだったと踵を返して恐ろしい言葉を口にする。
「忠誠を誓うキスがまだだったね」
◆
カツカツと革靴の底を鳴らしながらウカが近づいてくる。殺意を噛み潰したようなルッチの歯軋りが聞こえ、カクがルッチが殴りかかりそうになったら全力で止めんと、そう覚悟を決めたそのとき、
「おれァ誓うぜ~!」
とジャブラがウカの手をすっと取った。片手はポケットに突っ込んだまま、ウカの手の甲に口づける。ウカは少し驚いたようだが目を輝かせた。
「ジャブラさん! 嬉しいです。仕事ぶりでも認めていただけるよう尽力しますので」
「ルッチにあれだけ言えれば、あのヘボ長官より役に立つぜ! まずぁ合格だ! おいお前ら! おれは完っ全にウカ派だかんな」
よろしく頼むぜ、とウカの肩を組むジャブラを見てカクは目眩を覚えた。ルッチは額に青筋をたてながらその光景を睨みつけている。
「忠誠を誓う?そんな行為に意味がありますか?」
「愚問だ」
ルッチの問いをウカがぴしゃりとはねつける。博識な君ならもちろん知っているだろうが、と前置きをしてウカは言葉を続けた。
「人間は自分が思っている以上に身体の動きに脳が騙される。”すること”が重要なんだよ」
乙女に恥をかかせないでほしいね、とルッチの口元へ手をさしのべながら、ウカは暗く冷たい声音で最後通告を突きつける。
「死にたくなかったら、死ぬまでおれの上官でいることですね」
「心配には及ばないよ」
ここは力がすべてじゃない。知っているだろう? とウカの高笑いが響く。
◆
「さあ」
自分より背の低い女のはずなのになぜか始終上から見下ろされているような気分で、ルッチはかなり苛ついていた。ジャブラがウカと一緒になってこちらをにやにやと眺めてくるのも癪に障る。
ルッチはウカが差し出した手を取ると、口づけの代わりに、人差し指に甘く噛みついた。だが、ウカは声をあげるどころか、微動だにもしない。
「……声を出さないのは立派ですね」
「獣に手を出すのだからね。噛まれるくらいは覚悟の上だよ」
「痛みにはなれているようで。大したものだ。では、これは?」
ルッチはウカを睨み付けながらさっきつけた人差し指の歯形を舌でゆっくり何度もなぞった。指の腹を舌先でくすぐり、舌の柔らかさと温かさを無理矢理押し付ける。そうして舌で指を嬲ったあとは、指を口に含むようにしてちゅう、と吸う。
そんなことをしてみても、呆れるほどに表情を変えず、うすら笑いを顔に貼りつけたままのウカをみて、ルッチは諦めたように唇を離した。
「体温あがってんぜ? ウカ」
ジャブラの声にルッチは耳を疑った。声出してもよかったのによ、と耳元で囁かれているウカには、少なくとも全くそんな気配はない。ジャブラさんがくっついてるからですよ、と媚びたような物言いは聞くに堪えなかったが、果たして真実は。
「それにしても驚いたよ。噛みついたあと傷をなめるなんてね。誰にしつけてもらったんだ?」
かわいい猫ちゃん?
ウカが言い終わるや否や、ルッチが獣の唸り声をあげながら豹の姿になっていくのをカクとフクロウが慌てて止め、ジャブラは腹を抱えて笑っている。副長官は、後は任せた、と颯爽と部屋をあとにした。
おしまい
→



スコーピウスのおうちの薔薇園は散策路などが整備されていて、 さながら公園のようだった。様々な種類の薔薇がよく考えられて植えてある。 薔薇はその花弁に昨日の雨粒を溜めており、一層美しさが増していた。 散策路には雑草避けなのか、藁のようなものや枯れ草が敷き詰めてあり、 歩くとたまにちくちくしたが、足裏に伝わる感触は柔らかく、歩きやすかった。
「父が何か失礼なこと、言わなかった?」
スコーピウスは恐る恐る、申し訳なさそうに言った。 わたしはすかさず首を横にぶんぶんと振って、それを否定した。 さっきのやりとりはそんなものじゃなかった。 スコーピウスのお父様が最後に呟いた『グレンジャーか。』という言葉は、 なんというか、本当は聞いてはいけないものだったのではないだろうか。 それをうっかり聞いてしまった、どきどきするような余韻にしばらく浸っていたくて、 スコーピウスにはすぐには説明できなかった。 あの呟きは、それくらい小さかったし、あまりにあの方の外見とは裏腹で、 そぐわない声音だった。
『グレンジャーか』
大人が子供の頃を思い出す気持ちとはどんなものだろう。 子供の私が、例えば昨日のこと、二度と還らない日々を思い起こす気持ちと 同じだろうか。いや、きっと違う。 懐かしい思い出が遠くに行けば行くほど、きっと切なさで胸が潰れてしまうに違いない。 スコーピウスのお父様の声は、それくらい、悲痛で、でも楽しそうに微笑まれていて、 だけど今にも泣き出しそうな感じがした。(もちろん、わたしが勝手にそう感じただけだ。)
「大したことじゃないわ」わたしは言った。
「母を知ってるか、って伺っただけ」
「父はなんて?」
「多分、知ってるんだと思う。母と違って素直だね、って言われたし。 名乗ってないのに『グレンジャー』って言われたわ」
「そんな、呼び方」
「違うのよ、多分独り言というか、私を見て、母のことを思い出して 『グレンジャーか』ってつぶやいただけなの」
「……そう」
スコーピウスはそれを聞いて、少し黙ってしまった。 何か思うところがあるのだろうか。わたしたちは散策路を一周して、 先ほどスコーピウスのお父様がいらっしゃった、白薔薇と青薔薇の絡みついた 可愛らしい東屋に戻ってきた。 もう、お父様は家にお帰りになったようだ。
「座ろうか」スコーピウスはそう言って、私の返事も待たずに東屋の中にあった ベンチに腰掛ける。 私も同じようにすると、ほのかに薔薇の香りがした。
「ローズは、ご両親の恋の話って聞いたことがあるかい?」
「恥ずかしくて本人には聞けないわよ。だけど、ハリーから色々聞かされたから 無駄に詳しくなってしまったの」
「アルバスのお父様だね。ミスター・ポッターはなんて?」
「普通よ。父の方が母に惹かれていて……、とか、僕との仲を疑って喧嘩したりしただとか」
「微笑ましいね」
「スコーピウスは聞いたことあるの?」
「ないよ。ないんだけど、『グリフィンドールの令嬢だけはやめておけ』って言われたことがある」
「そんな! じゃあわたしと仲良くしているのは、お父様、お嫌なのね」
「いや、そうじゃないんだ。そうじゃなくて、『辛いから』って」
私は息を呑んだ。それは、お父様ご自身が辛かったからなのだろうか。
グリフィンドールの、誰と?
「父は絶対に昔の恋の話はしないんだ。まあ、柄じゃないっていうのもあるんだけど、 でも母が茶化して聞いてみても、頑なに言わないらしい。 だけどね、父がすごく大切にしてるものがあって、僕はそれが、 昔好きだった人、もしくは、付き合っていた人からもらったものじゃないかと思う」
スコーピウスは一気にそこまで言って、また黙ってしまった。 言っていいものか、迷っているようだった。
「君のお母様は、栞、持ってないかい?」
「しおり? 本に挟んでおくものよね。持ってるわよ。 銀盤の、切り絵みたいになっていて、白い薔薇が一輪あしらってあるわ。」
私のその言葉を聞いて、スコーピウスはやっぱり、と呟いた。そしてそのまま続ける。
「僕の父もね、持ってるんだよ。君のお母様と多分同じ、でも薔薇の色は青」
「本を読んでるのか、栞を見てるのか、わからないときがあるんだ」
「いつも手にとって、クロスで拭いて、大事に使ってる」
スコーピウスはどんどん言葉を重ねていくが、私はついていくので精一杯だった。
スコーピウスのお父様と、母さんが、恋仲だった?
「この東屋も、父の希望で作ったんだよ」
秘所を蹂躙
そんなこと知りたくなかった
おしまい