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#ドラハー
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「わたし、結婚するわ」
「奇遇だな、僕もだ」
二人は同じタイミングで紅茶を口に運び、 そのことに気づいて気まずそうに、そしてゆっくりとカップをソーサーの上に戻したが、 結局そのタイミングも同じだった。
窓の外では霧のような小雨が降っていて、別にこのまま無言で紅茶を飲みほし、「それじゃあ。久しぶりに会えて良かった」と形式的な挨拶をして、 そそくさと席を立っても良かったのだが、二人ともそうはしなかった。紅茶を飲むわけでもなく、時計を気にするわけでもなく、 頬杖をついたり、足を組みかえたり、それぞれがくつろいでそこに座っていた。 視線は先ほどからずっと窓の外だ。
外には特に何があるわけでもなく、ただ、丁寧に手入れがされ、愛情を存分に注がれているだろう、 バラの植え込みが続いていた。 店の主人は、「今日はお客さんも少ないんで、ちょっと出てきます」と言って、 店を出ていってしまった。 あの口ぶりだと、三十分、一時間は帰ってこないような気がした。 その詫びのつもりなのか、スコーンやクッキーなどのお茶うけとティーポットは置いていったようだ。 かわいらしいティーコゼーはなかなか熱を逃がさないようで、 二杯目の紅茶も温かく、そしてとてもおいしかった。
「わたしたち、小雨の降る中で会ったこと、あったかしら?」
「……いや、初めてじゃないか?」
「そうよね。わたしが思い出すのは、なんとなく晴れた日だわ。半袖で」
「僕は夕食前の図書室を思い出すけど」
「ああ、あなたは二人きりのときを思い出してくれているのね」
彼女がくすくすとからかうように笑うものだから、彼は少し照れ、 それを隠すように苛立った素振りをし、紅茶を飲むことでその場をしのいだ。
「わたしは、初夏の光で溶けそうなあなたを思い出すの。ハリーもロンもいて。 わたしは二人にばれないように、そっと盗み見ていたわ」
「僕もたった今、ぼさぼさ頭で少しばかり前歯の目立つかわいらしい在りし日の君を思い出しているところだよ。 あいにく、忌々しいポッターだのウィーズリーだのは記憶から抹消したんで思い出せないがね」
「……大人げないわよ」
彼女はきっと彼を睨んで、ジャムをのせたスコーンをほおばった。 彼はそれを見て、「悪かったよ」と謝りながらスコーンをもう一つ取り分けてあげた。
小雨は音もなく振り続けているのだが、音にならない音が聞こえるような気もした。 それは二人を外界から遮断し、見えなくしている透明マントのようにも思える。 小雨に濡れるバラは一層、その色を濃くしていた。
「『やあ、グレンジャー。いい加減その爆発しそうな頭を何とかしてくれないか?』」
「僕はそんな嫌味なことを言うように教育されてないはずだが」
「誰もあなたが言っただなんて、言ってないじゃない」
彼女は言い終わるか終らないかのところで、声をあげて笑った。 ひとしきり笑った後もまだおさまらないようで、ひいひい言いながら、肩を震わせていた。 彼は俯いて「ちくしょう」と小声で呟いている。 そして、さっき彼女に取り分けてあげたスコーンを自分の方へ引き寄せて、 少しだけクリームをのせて、食べてしまった。 彼女は「悪かったわ」と悪びれていないふうに言った。
「ねえ、」
「なんだい?」
彼女はその後の言葉を言おうか、言うまいかと迷っていた。 今なら言える気もしたし、言ってしまっては何かが終わってしまうような気もした。 今日のこの良き日を台無しにはしたくなかった。
彼女がそのまま黙って紅茶で喉を潤しているのを見て、彼がそっと口を開いた。
「君が何を思っているのかは知る由もないが、少なくともあの頃は良かった。 そして今もだ。君に会えて良かった」
彼女はそれを聞いた瞬間、心臓をぎゅっと絞られているようになり、 声が出せなくなって、代わりに今にも泣きそうな顔で笑った。
彼はあの頃となんら変わっていない、それがひたすら嬉しかった。
「ねえ、後悔してる?」
潜熱
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「わたし、結婚するわ」
「奇遇だな、僕もだ」
二人は同じタイミングで紅茶を口に運び、 そのことに気づいて気まずそうに、そしてゆっくりとカップをソーサーの上に戻したが、 結局そのタイミングも同じだった。
窓の外では霧のような小雨が降っていて、別にこのまま無言で紅茶を飲みほし、「それじゃあ。久しぶりに会えて良かった」と形式的な挨拶をして、 そそくさと席を立っても良かったのだが、二人ともそうはしなかった。紅茶を飲むわけでもなく、時計を気にするわけでもなく、 頬杖をついたり、足を組みかえたり、それぞれがくつろいでそこに座っていた。 視線は先ほどからずっと窓の外だ。
外には特に何があるわけでもなく、ただ、丁寧に手入れがされ、愛情を存分に注がれているだろう、 バラの植え込みが続いていた。 店の主人は、「今日はお客さんも少ないんで、ちょっと出てきます」と言って、 店を出ていってしまった。 あの口ぶりだと、三十分、一時間は帰ってこないような気がした。 その詫びのつもりなのか、スコーンやクッキーなどのお茶うけとティーポットは置いていったようだ。 かわいらしいティーコゼーはなかなか熱を逃がさないようで、 二杯目の紅茶も温かく、そしてとてもおいしかった。
「わたしたち、小雨の降る中で会ったこと、あったかしら?」
「……いや、初めてじゃないか?」
「そうよね。わたしが思い出すのは、なんとなく晴れた日だわ。半袖で」
「僕は夕食前の図書室を思い出すけど」
「ああ、あなたは二人きりのときを思い出してくれているのね」
彼女がくすくすとからかうように笑うものだから、彼は少し照れ、 それを隠すように苛立った素振りをし、紅茶を飲むことでその場をしのいだ。
「わたしは、初夏の光で溶けそうなあなたを思い出すの。ハリーもロンもいて。 わたしは二人にばれないように、そっと盗み見ていたわ」
「僕もたった今、ぼさぼさ頭で少しばかり前歯の目立つかわいらしい在りし日の君を思い出しているところだよ。 あいにく、忌々しいポッターだのウィーズリーだのは記憶から抹消したんで思い出せないがね」
「……大人げないわよ」
彼女はきっと彼を睨んで、ジャムをのせたスコーンをほおばった。 彼はそれを見て、「悪かったよ」と謝りながらスコーンをもう一つ取り分けてあげた。
小雨は音もなく振り続けているのだが、音にならない音が聞こえるような気もした。 それは二人を外界から遮断し、見えなくしている透明マントのようにも思える。 小雨に濡れるバラは一層、その色を濃くしていた。
「『やあ、グレンジャー。いい加減その爆発しそうな頭を何とかしてくれないか?』」
「僕はそんな嫌味なことを言うように教育されてないはずだが」
「誰もあなたが言っただなんて、言ってないじゃない」
彼女は言い終わるか終らないかのところで、声をあげて笑った。 ひとしきり笑った後もまだおさまらないようで、ひいひい言いながら、肩を震わせていた。 彼は俯いて「ちくしょう」と小声で呟いている。 そして、さっき彼女に取り分けてあげたスコーンを自分の方へ引き寄せて、 少しだけクリームをのせて、食べてしまった。 彼女は「悪かったわ」と悪びれていないふうに言った。
「ねえ、」
「なんだい?」
彼女はその後の言葉を言おうか、言うまいかと迷っていた。 今なら言える気もしたし、言ってしまっては何かが終わってしまうような気もした。 今日のこの良き日を台無しにはしたくなかった。
彼女がそのまま黙って紅茶で喉を潤しているのを見て、彼がそっと口を開いた。
「君が何を思っているのかは知る由もないが、少なくともあの頃は良かった。 そして今もだ。君に会えて良かった」
彼女はそれを聞いた瞬間、心臓をぎゅっと絞られているようになり、 声が出せなくなって、代わりに今にも泣きそうな顔で笑った。
彼はあの頃となんら変わっていない、それがひたすら嬉しかった。
「ねえ、後悔してる?」
潜熱
おしまい