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ハッピー・バッドエンド
猛獣たちの躾け方
#カク
#はな誕
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「今日は何の日か知っとるか?」
ウカ
に呼び出され、多少胸をざわつかせながら開けた執務室のドアの先では、無表情の彼女から淡々と今後の任務の説明を受けた。やれ危険だの、困難極まるだの、正直肩透かしもいいところだ。
ウカ
の、大声ではないけれど部屋にぴんと通るその声を右から左に聞き流し、ようやく発せられた問い──何か質問は?──に返した問いが冒頭のそれだ。
「八月七日が? さて、何の日だったか──」
肩肘をつきながら視線を明後日の方向に漂わせ発したその顔は明らかに見当がついている、といった表情で気に食わない。が、仕方ない。
「部下の誕生日くらい覚えてないわけないじゃろう? 副長官ともあろうお方が」
「ああ、そうかそうか。そうだった。で、誰かの誕生日が何か?」
「まさか『知っているだけ』で済ます気か?」
部下を労わろうっちゅう気はないんか、と重ねると、
ウカ
は大きく息を吐きながら腕を組んでようやくこちらを見据え、すぐ顎に手をやり小首をかしげる。細い首がカラーの隙間からちらと覗いた。ふむ、とも、んん、とも聞こえる、言葉にならない声が薄く開いた唇から漏れ出てくるのがやたらと耳に障る。大した時間ではなかったはずだが、
ウカ
からのはっきりした返答はなく、無意識のうちにつま先が上下に揺れていた。苛立ちを伝えるはずの音は足が沈み込むほどの重厚なカーペットに吸収され、部屋には一切の音が響かなかった。ただ、それを愉快そうに眺めてくる視線だけが鬱陶しい。
カクは負けた。
「祝いの言葉くらいくれても良かろう? 減るもんじゃなし」
「ふ、はは。言葉? そんなものでいいのか」
ウカ
は上体を反らしながら肩を揺らして笑い、目尻の涙を指でそっと拭いながら、てっきりまた身体でも要求されるのかと思ったよ、と事も無げに言った。瞬間、先日の行為が、温度が、質感が、声が。一気にカクの脳内でリフレインされ下半身にずくずくと熱が籠るのがわかった。逸らしそうになる顔を気合で真正面に保つ。ここで目を逸らしたら負けだ。
「わしは年嵩の上官への労わりは忘れん殊勝な部下じゃもんで。先日はちいとばかし荒々しい趣向じゃったからの。休む時間も必要じゃろう?」
「へえ? お優しい部下をもって私は幸せだ」
次は同意のうえで及んで欲しい行為だけどね。
ウカ
が呆れたように言い放ち、部屋にはまた静寂が訪れた。沈黙は短いようでいて妙に重たかった。先に動いた方が負けのような空気が漂う。
そう思ったのも束の間、動いたのは
ウカ
だった。人差し指をくいと曲げ、口の形だけで『おいで』と指図する。カクが無言でエグゼクティブデスクのぎりぎりまで詰め寄っても指示は変わらない。仕方なく腰を折り、
ウカ
の顔まで頬を寄せると耳たぶを摘ままれびくりとするが鋼の意志で平静を装った。どうせ耳元で艶を纏わせながら、おめでとう、とでも宣うのだろう。聞いてやろうじゃないかと待ち構えていたカクの耳に飛び込んできたのは──。
「ッぅああ?!」
ずちゅ──という水音が脳内にいっぱいになった瞬間、慌てて身体を後ろに引く。耳を這ったのは、ぬるりとした
ウカ
の柔らかな舌だった。全身が足元から総毛だつ。カクは睨みつけることすら忘れ、間抜けな顔で
ウカ
を見る。
「なん、ちゅう上官じゃ」
「おいおい、こちらは何を突っ込まれたと思ってるんだ。舌なんて可愛いもんじゃなかったぞ」
ウカ
がこれ見よがしに舌を出す。子供っぽい仕草は相当不釣り合いだった。
「最ッ悪の誕生日じゃ」
「残念。君は気に入ると思ったんだが。それなら──」
ウカ
がデスクの引き出しから何かを取り出し、それを机上に置く。パチ、と軽い音がした。
ウカ
が手をどけ、まみえたそれはただの鍵に見えた。意味が分からず、視線だけで
ウカ
に意図を問うと
ウカ
は、私室の鍵だよ、と口角を上げた。明日には変えてしまうけど、とも。
「はあ!?」
「祝いの言葉はそこで聞かせてあげよう」
まただ。
ウカ
が先ほどと同じ仕草を見せた。人差し指をくいと曲げ、口の形だけで。
『おいで』
カクは机の上の鍵を一瞥し、一度だけ天を仰ぐ。
「……『最ッ悪』の更新じゃ」
おしまい
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長編・連作
,
猛獣たちの躾け方
1748字 No.114
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「今日は何の日か知っとるか?」
ウカに呼び出され、多少胸をざわつかせながら開けた執務室のドアの先では、無表情の彼女から淡々と今後の任務の説明を受けた。やれ危険だの、困難極まるだの、正直肩透かしもいいところだ。ウカの、大声ではないけれど部屋にぴんと通るその声を右から左に聞き流し、ようやく発せられた問い──何か質問は?──に返した問いが冒頭のそれだ。
「八月七日が? さて、何の日だったか──」
肩肘をつきながら視線を明後日の方向に漂わせ発したその顔は明らかに見当がついている、といった表情で気に食わない。が、仕方ない。
「部下の誕生日くらい覚えてないわけないじゃろう? 副長官ともあろうお方が」
「ああ、そうかそうか。そうだった。で、誰かの誕生日が何か?」
「まさか『知っているだけ』で済ます気か?」
部下を労わろうっちゅう気はないんか、と重ねると、ウカは大きく息を吐きながら腕を組んでようやくこちらを見据え、すぐ顎に手をやり小首をかしげる。細い首がカラーの隙間からちらと覗いた。ふむ、とも、んん、とも聞こえる、言葉にならない声が薄く開いた唇から漏れ出てくるのがやたらと耳に障る。大した時間ではなかったはずだが、ウカからのはっきりした返答はなく、無意識のうちにつま先が上下に揺れていた。苛立ちを伝えるはずの音は足が沈み込むほどの重厚なカーペットに吸収され、部屋には一切の音が響かなかった。ただ、それを愉快そうに眺めてくる視線だけが鬱陶しい。
カクは負けた。
「祝いの言葉くらいくれても良かろう? 減るもんじゃなし」
「ふ、はは。言葉? そんなものでいいのか」
ウカは上体を反らしながら肩を揺らして笑い、目尻の涙を指でそっと拭いながら、てっきりまた身体でも要求されるのかと思ったよ、と事も無げに言った。瞬間、先日の行為が、温度が、質感が、声が。一気にカクの脳内でリフレインされ下半身にずくずくと熱が籠るのがわかった。逸らしそうになる顔を気合で真正面に保つ。ここで目を逸らしたら負けだ。
「わしは年嵩の上官への労わりは忘れん殊勝な部下じゃもんで。先日はちいとばかし荒々しい趣向じゃったからの。休む時間も必要じゃろう?」
「へえ? お優しい部下をもって私は幸せだ」
次は同意のうえで及んで欲しい行為だけどね。
ウカが呆れたように言い放ち、部屋にはまた静寂が訪れた。沈黙は短いようでいて妙に重たかった。先に動いた方が負けのような空気が漂う。
そう思ったのも束の間、動いたのはウカだった。人差し指をくいと曲げ、口の形だけで『おいで』と指図する。カクが無言でエグゼクティブデスクのぎりぎりまで詰め寄っても指示は変わらない。仕方なく腰を折り、ウカの顔まで頬を寄せると耳たぶを摘ままれびくりとするが鋼の意志で平静を装った。どうせ耳元で艶を纏わせながら、おめでとう、とでも宣うのだろう。聞いてやろうじゃないかと待ち構えていたカクの耳に飛び込んできたのは──。
「ッぅああ?!」
ずちゅ──という水音が脳内にいっぱいになった瞬間、慌てて身体を後ろに引く。耳を這ったのは、ぬるりとしたウカの柔らかな舌だった。全身が足元から総毛だつ。カクは睨みつけることすら忘れ、間抜けな顔でウカを見る。
「なん、ちゅう上官じゃ」
「おいおい、こちらは何を突っ込まれたと思ってるんだ。舌なんて可愛いもんじゃなかったぞ」
ウカがこれ見よがしに舌を出す。子供っぽい仕草は相当不釣り合いだった。
「最ッ悪の誕生日じゃ」
「残念。君は気に入ると思ったんだが。それなら──」
ウカがデスクの引き出しから何かを取り出し、それを机上に置く。パチ、と軽い音がした。ウカが手をどけ、まみえたそれはただの鍵に見えた。意味が分からず、視線だけでウカに意図を問うとウカは、私室の鍵だよ、と口角を上げた。明日には変えてしまうけど、とも。
「はあ!?」
「祝いの言葉はそこで聞かせてあげよう」
まただ。ウカが先ほどと同じ仕草を見せた。人差し指をくいと曲げ、口の形だけで。
『おいで』
カクは机の上の鍵を一瞥し、一度だけ天を仰ぐ。
「……『最ッ悪』の更新じゃ」
おしまい