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全部内緒の初体験 #カク

 カウンターでご飯を食べながら飲んでいたら。いや正確には、飲みながら、ご飯ということにして肴をちびちびつまんでいたら。お店のドアベルが鳴って、同時に冷たい夜風がぴゅうと店内に吹き込んだ。日中は春めいて暖かくても、夜はまだまだ冷え込む。せっかくお酒で温めた身体が一気にぞわりとして、己を抱きしめるようにして両手で肩をさする。早く閉めてよね、と眉を顰めながら風の吹き込むドアを睨むとそこに立っていたのは見知った顔だった。

「あれ? カクくん?」

 うっかり出た酔っ払い特有の大きな声は、他の酔っ払いたちの声には負けずにカクくんに届いたらしい。カクくんは私の声のした方に顔を向け、目が合うと、にぱっと笑った。そのままテーブルとテーブルの狭い間を縫うようにして、大股でずんずんとこちらに向かってくる。え、なんだ、なんだ? カクくんの脚は長いから、あっという間に私のところまで辿り着いた。

「こんばんは、いい夜じゃの」

 カクくんは当然のように空いていた私の右隣りに座って、それうまそうじゃな、と言った。カクくんも酔っぱらっているのか、いつもより人懐っこいし、砕けた感じだし、笑顔がまろやかだ。仕事の時も感じのいい子だとは思っているけど、こんなに緩んだ顔は見たことがない。初めての顔と声と態度に、なんだかびっくりして私の酔いが醒めそうになる。

「おいしいよ、同じの頼む?」言いながらメニューを手に取るが、カクくんは、かたじけないが、と首を振った。かたじけない、て。
「ひとり? 珍しいね。いつもはパウリーとかルッチさんとつるんでるじゃない」
「さっきまで一緒じゃったよ」
「ああ、どおりで。随分飲んだんだね」
「いや、まあ」

 カクくんは本当に酔っぱらっているらしい。ふにゃふにゃと語尾を濁し、それ以上は何も言わなかった。意外と、お酒に身を委ねるタイプだったのか。仕事をしているカクくんしか知らないからちょっと新鮮だ。でも、いや、まって。そもそも。

「カクくん、どうしたの?」

 なんでここにいるの? とはさすがに言わないが、口の中はその言葉でいっぱいだ。うっかり漏れ出ないように、お酒を煽ってお腹まで流し込んでおく。カクくんの答えは、工房のボスに聞いたんじゃ、というもので全く要領を得ない。
 工房、というのは私が配属されている部署のことだ。船のあらゆる装飾を主に担当していて、人数は私を入れても三人ぽっち。文字通り工房に籠っての作業が多くて、あまり他部署と一緒んに作業することはない。

ウカさん、ヤガラ飼っとるんじゃろ?」カクくんの話題は唐突だった。
「ああ、うん。元々実家で飼ってたヤガラちゃんだけど」

 両親が知り合いから若いヤガラを譲り受けたというので、私が昔から飼っていたヤガラを引き取ったのだ。おじいちゃん、というほどではないけど、おじさん、くらいではあるかもしれない。子供の頃から一緒に育ったヤガラだ。

「わし、実はヤガラには乗ったことがなくてのう」
「ええ、そうなの!? 意外だね」
「わしはほれ、みなさんの屋根が足場じゃから」
「ああ、そうか。カクくんは水路なんて関係ないのか」

 カクくんが造船島から軽やかに下町へダイブするのをもう何度も見てきた。落ちているはずなのに浮いているように見えるのがいつも不思議だ。

「そう、だから」
「ん?」
「明日、ウカさんとこのヤガラに乗せてくれんかの?」

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 よくわからないまま、朝がきてしまった。なんで断り切れなかったんだろう。ベッド脇の窓からはレースのカーテン越しに朝日が燦々と降り注いでいて、今日が快晴であることを物語っている。窓下の水路にいる当のヤガラちゃんはまだ眠っているようだ。
 え、なんでうちのヤガラに乗るの? 他に飼ってる人たくさんいるよね? 頼める人いないのかな……。あれ? パウリーってヤガラ飼ってなかったっけ? よく乗って怖い人たちから逃げ回ってるイメージがあるんだけど。
 昨夜カクくんにぶつけられなかった疑問が次から次へと沸いてくる。湧いてくるがもう遅い。今からカクくんに断りの連絡を入れる術はないのだから、少なくとも、待ち合わせ場所には行かなくては。そうだ、ただ貸すだけだ。何か事情があるのかもしれないし、カクくんに限って、パウリーみたく良からぬことにうちのヤガラを巻き込むなんてことはないだろう。
 ベッドからのろのろと起き上がり、ひとまずクローゼットを開けてみた。
 どうしよう。気合が入りすぎても恥ずかしいし、かといって、適当すぎる格好もなんだかそれは、ちょっと嫌。
 右手をクローゼットの端から端まで散々往ったり来たりさせて最終的に私が手に取ったのはボートネックのニットとワイドチノパン。足元は迷って迷ってたくさんの言い訳をしながら、ストラップ付のミュールにした。顔を洗って、眉を描いて、メイクは最小限。ヘアオイルで髪を整えて、ピアスを……と手を伸ばしたところで、いやいやいや、デートじゃないって!
 外に出ると、ヤガラちゃんがニイニイと鳴きながら円を描くように水路を行ったり来たりした。久しぶりのおめかしを面白がられているような気もする。耳にはピアスが揺れる。

 カクくんが待ち合わせに指定したのは、昨日飲んでいたお店のすぐ近くにあるカフェだった。造船島には何店舗もある人気店だ。時間より早めについてしまったので、お店の窓ガラスに映る自分を何度も確認してしまう。うちのヤガラを見せるだけ、それに乗ってもらうだけ。それなのに気合入りすぎだろうか? やっぱりミュールはやめておいた方が良かったか? ピアス外しちゃおうかな。全然自信が持てない。
 まだ待ち合わせまで十五分もある。やっぱりピアスは取ろうかな、と耳たぶを触りながらミュールのつま先を見つめていたら、

「すまんすまん、待たせたのう」

 慌てて声がした方に顔を向け耳から手を離す。

「いや全然! 待ってないよ」

 思ったよりずっと大きい声が出て恥ずかしくなるが、カクくんは、それなら良かったとただ微笑むだけだった。
 休日のカクくんは大きめのTシャツに細身のパンツを合わせていて、手足が長くて顔が小さいから、それだけでも十分お洒落に見えた。仕事着しか見たことがなかったから新鮮だ。そんなお洒落なカクくんは私のおめかしには無関心のようで、着いて早々、水路ではしゃぐうちのヤガラに気づき、しゃがんで声をかけている。

「水水肉を持ってきたんじゃ。あげてもいいじゃろうか」
「わあ、ありがとう。好物だから喜ぶよ」

 ヤガラは喜びを全身で示したいのか、水路をくるくると回って大はしゃぎだ。カクくんにもそれが伝わるのか、ワハハ、喜んどる喜んどる、と嬉しそうだ。当たり前だけど、本当にヤガラに乗りに来たんだな。勝手にちょっと緊張して、勝手にちょっとおめかししてみて、これはこれで楽しかったけど、この分だと用事はさくっと済みそうだ。しゃがんだままのカクくんを見下ろす形で一気に説明する。

「ええと、じゃあ改めて。そこにいるのがうちのヤガラちゃん。船はカップルシートで大きめだけど、一人でも乗れるしその分荷物も積みやすいと思うよ。用事が済んだところでもう大丈夫って言えば、勝手にうちに帰ってくるから。あ、空腹になると煩いから、お昼頃に水水肉あげてね」

 街の人なら誰でも知ってるようなことだったけど、乗ったことがない、というカクくんにはひとまず言っておくことにした。一度にたくさん捲くし立てたせいか、カクくんは元々丸い目をさらに丸くして、二度三度、瞬きをした。

「他に何か聞きたいことある?」
ウカさんも乗るじゃろ?」
「え? 私?」

 ヤガラだけが無邪気にニイニイと鳴いて、肉はもっとないのか? と水路をうろうろしていた。

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「一緒に乗らん選択肢があったことに驚きなんじゃが」
「え、だって昨日、ヤガラに乗ったことがないから乗せて欲しい、って」
「初心者に大事なヤガラを預けて放り出すつもりじゃったんか!」

 言われてみれば。
 休日にカクくんに会わなきゃいけない、ということで頭がいっぱいになってしまって、色々考えが足りてなかった。カクくんは、さすがウカさん、とお腹を抱えて笑っている。
いやでも、私は。

「いや、それは、確かに。そう、なんだけど」
「なんじゃ? 今日は都合でも悪いんか?」

 笑いすぎて目尻に滲んだ涙を拭いながらカクくんは気を遣うようなこと言った。
 言うか、言うまいか。言わずに帰ることだってできる。でも。

「……、内緒にしてくれる?」
「そう頼まれれば」

 カクくんに茶化すような雰囲気はまるでなく至極真面目な顔をしてくれたから、胸の中でぐるぐると右往左往していた思いが、すっと言葉になって出てくる気がした。

「実は私も乗ったことがないの」
「へ?」
「水が、怖くて」

 カクくんはやっぱりまた丸い目をぱちぱちさせた。
 そしてすっと立ち上がって腕を組んで、ちょっと考え込むような素振りをした。言葉を選んでいるようだった。

「どれくらいなんじゃ? 例えば水に近づくと足がすくむとか、怖くて水路に近づけないとか」
「あっ、そんなひどくはない。小さい頃、水路に落ちて溺れかけて。それ以来、ヤガラには一度も乗らずにここまで大人になってしまったの。水路に落ちる人もやっぱりゼロじゃないし……だから、怖い気持ちを抑えて、今更チャレンジする理由もなくて」
「わしは理由にならんか?」
「カクくんが?」
「そう。カクくんと一緒に乗るためにちょっとチャレンジしてみてくれんかの」

 真面目な顔して言うものだから思わず吹き出してしまう。

「──カクくんが一緒なら、ちょっとだけ」
「水には絶対落とさんから」

 カクくんがそう言うならそうなんだろう。なんだか、ふっと心が緩む。
 生まれて初めて乗るヤガラの背はミュールでは覚束なかったけど、カクくんの手を取る口実にはなった。

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 もしかしたらうんと小さい頃は両親に抱えられて乗ったことがあるのかもしれない。記憶の限りでは初めて乗るヤガラの背中は思っていたよりずっと安定感があった。先にカクくんが乗ってバランスを取ってくれたし、当のヤガラちゃんも、まさかお前ついに乗るのか!? と驚きつつ、何やらいつもよりきりっとした顔つきで背に乗る私を見守っていた。
 恐る恐る及び腰で船に乗りすぐ座る。カップルシートは通常の二人乗り用の船と違って、前後ではなく二人が横並びで座れるよう、背もたれがなく広々としている。進行方向に対して横向きで座ることになるけど、スピードを出す必要がなければ賢いヤガラちゃんにすべて任せておけばいいので十分だ、と両親は言っていた。でも私が聞くべきはそこじゃなかったはず。

「で、なんでカップルシートなんじゃ?」
「両親の趣味! それだけ!」

 誤解されては困るので即答する。
 カクくんは、へえ、片眉をあげてそれ以上何も言わなかった。私も初めての水の上で余裕がなかったし、あれこれ言うとかえって信じてもらえなさそうだからそのまま黙る。ヤガラちゃんは気を遣ったのか、観光客の多い大きな水路を避けて、地元の人しか使わなさそうな静かな水路を選び、ゆっくりと泳いでくれた。家と家の間に張り巡らされている水路は少し薄暗い。でも、家と家で切り取られた空から差し込んでくる光が水面に反射してきらきらと眩しく、その光景は私の恐怖心をあおらなかった。それよりも、さっきからずっと左肩がカクくんとぶつかっている。そちらの方が私の心臓を混乱させていた。

「どうじゃ? 降りるか?」私の内臓がどうなってるか知らないカクくんが心配そうに尋ねてくる。
「ん、まだ、大丈夫」
「お、そりゃ重畳」
「カ、カクくんは、ヤガラに乗って何かしたいことがあったんじゃないの? 買い物とか」

 早鐘を打つ心臓を誤魔化したくて、話題を振る。この鼓動はどちらのせいか自分でもわからない。水の上だから? それとも──カクくんの隣だから?
 カクくんのヤガラに乗りたい、は、ヤガラを借りたい、だとも思っていた。ヤガラちゃんは力持ちだから、家具を買って運んでもらう人もいる。この街は、水に物を浮かせて運ぶ方がずっと楽だ。

「ちょっとだけなら付き合えるよ。どこか行きたいところがあった?」
「ん、その、まあ、なんていうか」
「なに?」
「女の人は何をもらったら喜ぶんかのう」

 カクくんはまっすぐ前を、つまり私とは目を合わさずに、キャップを深くかぶり直してから、耳と頬を染めて言った。
 さっきまで熱いくらいに感じていた左肩が急速に冷えていく。何か言わなきゃ。何か。

「ええ、なんだろう。でもそれなら造船島の中心街に行った方がお店もあるよね。ヤガラちゃん、ありがとう。造船島に戻ってくれる? ……なるべく揺れない感じで」

 びっくりしすぎて早口になってしまったが、ヤガラちゃんはちゃんと聞き取って、ニイ! と元気よく鳴いた。カクくんは、そうじゃな、と小さく応じるだけだ。もっと深堀した方がいいのかな、と思ったけど、そんな気になれなくて、つい『まだ水が怖いんです』という振りで私も黙ることにする。あーはいはい、そういうことですか。別にカクくんが女性にプレゼントをあげたって、そのアドバイスを私に聞いたって、なんの問題もないはずなのに。ちょっと、面白くない。

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 ぼうっと水面を眺めていたら、あっという間に水門エレベーターの前まで来ていた。もちろん、中に入るのは生まれて初めてだ。ヤガラちゃんは、お急ぎくださいというエレベーターガールのアナウンスにも動じず、優雅に門へと泳いでいく。タイミングが良いのか悪いのか、利用者は私たちだけだった。狭くもないが広くもない縦穴の門が閉まると塔内に水が満たされていき、上の造船島に移動できる。
 初めて入った水門エレベーターは想像していたよりずっと暗かった。門が閉まると、光が入ってくるのは上部の開放部だけになる。首が痛くなるくらい曲げて見上げても、切り取られた空は随分小さい。注水が始まると轟音が石造りの塔内で一層反響した。

「おお、結構迫力があるのう」

 カクくんはアトラクションを楽しむような軽快さで言った。私は妙な緊張を覚えながら曖昧に頷く。
 早く上に着いて欲しい。水位は結構なスピードでどんどん上昇した。同時に、注水されている水の量にちょっとぞっとする。結構なスピードで上昇していて、半分くらいまできたかな、もう少しの辛抱かな、と思ったあたりで急に上昇しなくなった。カクくんと顔を見合わせていると上の方から水音にかき消されそうなアナウンスが辛うじて聞こえた。

『大変申し訳ございません。トラブルのためしばし上昇を停止します』

 ごうごうと水が流れ込んでくる音は止まないが、アナウンスの通り、水位の上昇はぴたりと止まった。カクくんも私も、水門エレベーターは初めてだからこういうことはよくあることなのかわからない。ひとまず二人で顔を見合わせて、どうしたんじゃろうな、そうだね、と言い合った。
 揺れはほとんどない。だが下には大量の水がある。自分が上昇してきた高さ、つまり、深さに思い至って血の気が引いた。街に張り巡らされている水路とはわけが違う。塔内の壁には突起も何もない。もし水に落ちた時、この場で縋れるのはヤガラちゃんだけ。でもヤガラちゃんだってパニックになるかもしれない。
 思いついてしまったらもう駄目だ。手が冷たく汗ばみ、身体の震えが止まらない。奥歯がガチガチと音を立て、その音を聞いて、また恐ろしくなった。

ウカさん?」
「ご、ごめ。こわ、こわく、て」

 膝を抱え身体を小さく縮こませてやりすごそうとするが、私が震えるとヤガラちゃんも揺れるような気がして、恐怖が増していく。
 カクくんの顔つきが変わった。

「この船はヤガラから外しても浮くじゃろ?」
「ふ、ふね、だから、うく」声がどうにも震えて情けない。
「よし」

 カクくんは初めてとは思えない手つきでヤガラと船の連結を外した。ヤガラちゃんの背から外れて船だけで浮くと、途端、揺れが大きくなり恐怖がさらに増す。ヤガラちゃんも、ほんとにいいのか? と不安そうで、ニィ……、と小さく鳴きながら私たちの乗った船のそばを行ったり来たりする。

ウカさん、飛ぶぞ」
「え、」
「ヤガラちゃん、すまん。造船島で待っとるからの」
「ニイ!」
「え、いや、ちょ」

 っと待って、と言い切らないうちにカクくんが私の腰あたりに腕を回し自分の方へぐっと引き寄せた。ぎゃッ! と叫ぶ間もなく、そのまま飛ぶ。慌ててカクくんの肩に腕を回して落ちないようにしがみついた。足場にした船が、どぷんっ、と深く水の中に沈んだのが目の端で見えた気がするけど、カクくんはその前に宙に浮いている。

「うわうわうわうわッ!」

 風が顔にびゅんびゅんあたる。髪がぐしゃぐしゃになる。耳のそばでごうごう聞こえる。目を開けているのも一苦労。でも、下から見上げた時はあんなに小さかった空が薄目でもどんどん近づいて明るくなっていくのがわかった。
 それは一瞬。
 縦穴から解放された瞬間、視界三百六十度が全部、造船島の街並みになる。カクくんは水門エレベーターの縁にとす、と着地すると、そこを足場にもうワンジャンプして、エレベーターと繋がっている水路の脇に着地した。街の人たちは最初、エレベーターの縦穴からぴょんと飛び出た私たちを凝視していたけど、飛び出してきたのがカクくんだと分かった途端、なんだカクか、と自分たちの日常に戻っていった。下の方から『お客様、申し訳ございませんでした。ただいま復旧いたしました』とエレベーターガールの声が聞こえる。

「び、っくりした」
「怖かったか?」
「え、あ」

 怖がっていたことを忘れていた。足元の感覚はまだおぼつかないが、いつの間にか体温が戻り、体の震えも止まっている。
 復旧したエレベーターからヤガラちゃんもびゅんと泳いで寄ってきた。先ほど背から外した船も引いてきてくれたが、カクくんが足場にして一度水に沈んだからびしょびしょだ。

「すまんの。せっかくのカップルシートを駄目にしてしもうた」
「だ、大丈夫。私こそ大袈裟に怖がっちゃってごめんなさい」
「そんなことないじゃろ! 怖いもんは怖い!」

 カクくんが眉毛を吊り上げて、口をへの字にして、怒ってくれるのが嬉しかった。ヤガラちゃんも、ニイニイ鳴いて同意してくれているようだ。こうなってしまえば、ヤガラちゃんにはこのままびしょ濡れのカップルシートを引いて一旦、家に帰ってもらうしかない。でも、このままカクくんと別れるのはちょっと寂しかった。誰のプレゼントだろうが、カクくんと同じ時間を過ごすことに変わりはない。恐る恐る、といった雰囲気が出ないよう努めて明るく尋ねてみる。

「この後どうしようか? ヤガラちゃんにはもう乗れないけど……プレゼント、探してるんだよね?」
「や、まあ、そういえばそうじゃったな」
「徒歩で良ければお礼もかねて付き合うよ。どんな人なんだっけ?」

 カクくんが、鼻をかきながらちらりとこちらを見る。

「……きわ」
「え?」
「浮き輪が、いいかもしれん」
「う、浮き輪? なんで──」

 そのあと続いた言葉は『まさか』としか言いようがなくて、私はどんどん火照る頬を両手で隠すほかなかった。

『水が怖いって人じゃから』

おしまい

夢小説,短編,ONEPIECE,水の都で暮らしたら 8095字 No.109 

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