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ウェンザレインストップス
#サー・クロコダイル
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「雨がお嫌いですか?」
朝から降りやまぬ雨を見つめながら、ぎり、と葉巻を噛みしめているように見える社長にそっと声をかける。地上三十階にあるこのフロアから見えるのは灰色の曇り空ばかりで、こうも優しい雨では音もせず降っているのかよくわからない。社長は雨に濡れるだけのモノトーンの街からは目を離さず、私の問いかけに問いで答えた。
「なぜ、そう思う?」
昔のあなたを知っているので、とは思うだけで決して口にしない。そばにいると何度も口をついて出そうになってしまうこの思いを、私は唇を噛んで胸の中にぐっと閉じ込める。その時の、うっ、と喉の詰まる感覚にも、もう慣れてしまった。それくらい、そばにいる。
「昔」というのは今から何年前、というわけではなく、きっと前世と説明される「いつか」。あなたは「砂漠の王」で「サー」だった。私は、レインディナーズで借金のカタにと置いて行かれた小娘で、あなたに拾ってもらって、秘書の真似事を。大変に優秀な副社長の補佐の補佐の補佐、くらいだったけれど、いなくても決して困らないが、あって邪魔なものでもない、くらいの働きはしたようで、サーが最後の作戦に打って出るというその日まで仕えた。
ナノハナにサーの葉巻を受け取りに行った私は、副社長からきつく言われていた。「明朝七時までに街を出るように」と。理由を知ったのは街が火の海になってからだ。「明日、珍しい葉巻が届くよ」と店主に教えてもらい、ナノハナに泊まってそれを待つことにしたのだが、それが運の尽き。私の最後の記憶は、頬で感じた、ナノハナの熱く乾いた地面の固さだ。大方、騒乱の流れ弾に倒れたのだろう。サーがあの世でどう生きたか、私は知らない。
次の世でも秘書の真似事をしたのはなぜなのか、自分でもわからない。いくつめかの派遣先でサーに会うまで、私は砂漠の国での思い出を、思い出とは呼べずにいた。黒髪を後ろに撫でつけたオールバック、顔を横断する薄い傷跡、左手の義手。ひとつひとつ、記憶のピースが嚙み合っていく中、最後に嵌まったピースは声だった。『新しい秘書というのは君か?』
「他意は、ありません」
嘘だ、本当はいつも探している。あなたが「サー」だと確信できる何かを。好きな葉巻、好きなお酒、好きな料理、苦手なもの。雨もそのひとつ。昔のあなたは、理由はわからなかったけれど、雨が嫌いにみえた。それは晴れを好んだわけじゃなく、渇きを好んでいるようで。あなたは常に何かに飢えていて、満足しなかった。
でも、あの日のサーは、いつになく上機嫌で、だから私は、お祝いの葉巻を。
「……雨は苦手だ」
社長が独り言みたいに呟く。そして、「雨はおれをひどく不自由にさせる。そんな気分になるものでね」と言いながらゆっくりと振り返り、飽きもせず社長の中に「サー」を探す私を見つめた。「おれが何を言っているかわかるか?」社長は私を見つめながら、そのもっと奥を覗き込むようだった。私は「はい」とも「いいえ」とも答えられず、ただ黙るしかない。
社長がおもむろに口を開く。
「なぜ、言いつけどおり街を出なかったんだ? お嬢さん」
社長ではない、サーの問いに何と答えるべきか。言葉より先に零れたのは涙だった。クハハ、と呆れたように笑うサーはぼやけて見えなくて、サーの声だけがやけにすぐそばで聞こえる。
「雨は苦手だと、そう言っているだろう?」
目の前でかつて焦がれた彼みたく雨が苦手と嗤う男は
おしまい
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「雨がお嫌いですか?」
朝から降りやまぬ雨を見つめながら、ぎり、と葉巻を噛みしめているように見える社長にそっと声をかける。地上三十階にあるこのフロアから見えるのは灰色の曇り空ばかりで、こうも優しい雨では音もせず降っているのかよくわからない。社長は雨に濡れるだけのモノトーンの街からは目を離さず、私の問いかけに問いで答えた。
「なぜ、そう思う?」
昔のあなたを知っているので、とは思うだけで決して口にしない。そばにいると何度も口をついて出そうになってしまうこの思いを、私は唇を噛んで胸の中にぐっと閉じ込める。その時の、うっ、と喉の詰まる感覚にも、もう慣れてしまった。それくらい、そばにいる。
「昔」というのは今から何年前、というわけではなく、きっと前世と説明される「いつか」。あなたは「砂漠の王」で「サー」だった。私は、レインディナーズで借金のカタにと置いて行かれた小娘で、あなたに拾ってもらって、秘書の真似事を。大変に優秀な副社長の補佐の補佐の補佐、くらいだったけれど、いなくても決して困らないが、あって邪魔なものでもない、くらいの働きはしたようで、サーが最後の作戦に打って出るというその日まで仕えた。
ナノハナにサーの葉巻を受け取りに行った私は、副社長からきつく言われていた。「明朝七時までに街を出るように」と。理由を知ったのは街が火の海になってからだ。「明日、珍しい葉巻が届くよ」と店主に教えてもらい、ナノハナに泊まってそれを待つことにしたのだが、それが運の尽き。私の最後の記憶は、頬で感じた、ナノハナの熱く乾いた地面の固さだ。大方、騒乱の流れ弾に倒れたのだろう。サーがあの世でどう生きたか、私は知らない。
次の世でも秘書の真似事をしたのはなぜなのか、自分でもわからない。いくつめかの派遣先でサーに会うまで、私は砂漠の国での思い出を、思い出とは呼べずにいた。黒髪を後ろに撫でつけたオールバック、顔を横断する薄い傷跡、左手の義手。ひとつひとつ、記憶のピースが嚙み合っていく中、最後に嵌まったピースは声だった。『新しい秘書というのは君か?』
「他意は、ありません」
嘘だ、本当はいつも探している。あなたが「サー」だと確信できる何かを。好きな葉巻、好きなお酒、好きな料理、苦手なもの。雨もそのひとつ。昔のあなたは、理由はわからなかったけれど、雨が嫌いにみえた。それは晴れを好んだわけじゃなく、渇きを好んでいるようで。あなたは常に何かに飢えていて、満足しなかった。
でも、あの日のサーは、いつになく上機嫌で、だから私は、お祝いの葉巻を。
「……雨は苦手だ」
社長が独り言みたいに呟く。そして、「雨はおれをひどく不自由にさせる。そんな気分になるものでね」と言いながらゆっくりと振り返り、飽きもせず社長の中に「サー」を探す私を見つめた。「おれが何を言っているかわかるか?」社長は私を見つめながら、そのもっと奥を覗き込むようだった。私は「はい」とも「いいえ」とも答えられず、ただ黙るしかない。
社長がおもむろに口を開く。
「なぜ、言いつけどおり街を出なかったんだ? お嬢さん」
社長ではない、サーの問いに何と答えるべきか。言葉より先に零れたのは涙だった。クハハ、と呆れたように笑うサーはぼやけて見えなくて、サーの声だけがやけにすぐそばで聞こえる。
「雨は苦手だと、そう言っているだろう?」
目の前でかつて焦がれた彼みたく雨が苦手と嗤う男はおしまい