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七年目の別れ話 #カク

 まさかほんとに

「何しに来たの?」
「招待状を寄こしたのはそっちじゃろう?」

 どの面下げて。

七年目の別れ話

 二年前、私の目の前から影も形もなく、すっかり消え失せてしまった元・恋人が、ブライズルームに現れた。白いもこもこしたシルクハットと、白いコート、白いネクタイ。相変わらずハイネックがお好みのようで、それすら白かった。ドアを後ろ手で閉めて、その前に立つ。

「なにその服。ここがどういう場かわかってる? 失礼過ぎない?」
「これが今の職場の正装なもんで」
「ばっかじゃないの。礼儀知らず」
「忙しい仕事の合間を縫うてやってきたっちゅうのに。冷たいのう」
「頼んでない」

 怒りで眉間に皺が寄る。なんて、なんてこと。でも──人を呼ぶ気にはなれなかった。そう、わたしはこの男と話したい。というより、罵りたい。出来れば声が枯れるまで。そのまま見つめあうことなんて出来なくて、私はすぐ鏡台の鏡に向き直った。鏡の中の私は、怒っているのか悲しんでいるのか、ひとまず笑顔でないことだけは確かな、なんとも微妙な顔をしている。鏡越しに覗き見たカクは、私の複雑な胸中なんてお構いなしと言わんばかりの、普通の顔に見えた。忌々しくて、ますます顔が強張る。

 二年前、カクが失踪するまで、私は彼の恋人だったはずだ。告白された夏の夜のぬるい風も、喧嘩したときの頭に血が上る速さも、仲直りをしたときのこそばゆい妙な空気も、今でもはっきり思い出せる。もちろん最後の夜だって。
 街は市長の暗殺騒ぎで騒然としていた。カクは一番ドックの職長だったからいつもよりずっと忙しかったはずなのに、私を案じて部屋まで来て、抱きしめてくれたのだ。少しでも怖くなくなるといいんじゃが、と。それがカクとの最後だった。
 私たちは電伝虫を飼っていなかったけど、互いの部屋の鍵は持っていて、会いたい時には気兼ねなく互いを訪ねてよいことになっていた。いつしか互いの予定を互いのカレンダーで共有し、予定がない夜はまっすぐ自宅に帰るようになった。相手が自分の部屋で待っているかもしれない、と。いつだったか、べろべろに酔っぱらったパウリーに、お前のせいでカクは付き合いが悪くなったんだぞ! と涙目で言われたことがある。そんな小さな習慣を積み重ねた日々だった。
 でも、あの日。アクア・ラグナが去っても、カクは来なかった。あの年のアクア・ラグナはかつてない規模の被害を街にもたらしていて、なぜかガレーラカンパニーも焼け落ちるほどだった。私も自分のことで手いっぱいだったし、カクも大変だろうと簡単に想像できたから、カクの不在に気づけなかったのだ。
 アクア・ラグナが去って一週間。
 鍵を使って彼の部屋に入ると、クローゼットや戸棚から服や小物などの中身がすっかり消えて空っぽになっていた。それなのに、ダイニングテーブルにはカクがいつも被っていた白いキャップがぽつんと残されていて、随分経ってから、それをカクの「さよなら」だと思うことにした。
 そして二年が経った。

「見ての通りだけど、私、結婚するの」
「わし以外の男となァ」
「そうね。四年付き合った恋人が突然いなくなって。理由もわからず、連絡もなくて。事件に巻き込まれたんじゃないかって、随分眠れない夜を過ごしたけど。違った」

 ただ捨てられただけだった。そうして荒れて、すさんで、ぼろぼろになった私を、ずっと支えてくれた素敵な人と結婚します。
 少しでも傷つけばいい。あなたが私に何をしたか、思い知ればいい。
 なのにカクは、私が何を言っても表情ひとつ変えなかった。その余裕じみた態度が、私の胸をまた深く突き刺してくる。

「なァ」
「なに」
「わしら、別れたのか?」
「……は?」
「わしは、別れたつもりはないんじゃが」

 目の前が赤く染まるのがわかった。

「ふ、ざけないでッ!?」
「え」
「あなたを、待たなかったと!? あなたが、私を──責めるの!?」

 全身が叫びに共鳴して震えた。怒りと悲しみが許容量を超え、血管が破裂して、喉が裂けて、爆ぜる。

「ちっ、違う違う違う違う!」

 すまん、すまんかった。違うんじゃ、違う。
 おろおろと慌てふためいて距離を詰めてくるカクをきっと睨み、近寄らないで! と一喝する。カクはぴたと足を止めた。

「すまん。失言だった。このまま、一層憎んでくれて構わんから」

 怒りで人が殺せたなら、今、カクは間違いなく死んでいた。
 はあはあと肩で息をしながら、こんなはずじゃなかった、こんな結末じゃ、と大声で泣きたくなる。
 私はただ報せてやりたかった。
 今がどんなに幸せか。あなたなしでもうんと幸せになれる。あなたがいなくても大丈夫。そして、私はとても、とってもあなたが好きだった。けど。
 今はもう。あなたなんか。
 カクが住んでいた部屋は二年経ってもまだ空いたままで、その郵便受けに結婚式の招待状を投函してみたのは戯れだった。カクに届くはずがない。それでも、報せてやりたかった。

「言われなくても」掠れたけどなんとか声にした。
「今日は伝えたいことがあって来たんじゃ」

 まずい。私の叫びを聞きつけた彼や家族が、ぱたぱたと軽い足音をたてながら駆けつけてきた。カクが鍵をかけたドアの向こうから「何かあった?」と優しい声が響く。私はカクの肩越しにドアを見つめながら、何でもないよ、と言おうと──

「ちゃんと好きじゃったよ」

 嘘だ。
 その一言にすべてを攫われる。
 光の速さでカクに視線を戻すと、目が合ったカクはどこまでもまっすぐな瞳で、柔らかく、でも寂し気に微笑んだ。そして

「嘘じゃない」

 カクは私の心を読んだみたいに、得意げに言った。

「結婚、おめでとう。幸せにの」

 私はこの言葉を聞くために。七年間、今日まであなたが好きだった。

おしまい

夢小説,短編,ONEPIECE 2428字 No.103 

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