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No.124, No.123, No.122, No.121, No.120, No.119, No.118[7件]
夢小説,官能小説,短編,ONEPIECE,adlut night 1688字 No.124
純潔下心誘ってる、都合良く解釈、ごめん#カク
※時系列は無視してください。
カクはのこのこ何の警戒もせずこの部屋にやってきた自分を恥じた。部屋に入るなり手錠をかけられたのだ。あの、海楼石の手錠を。まさか、私を襲った君を私が信頼しているとでも? と言われれば、カクには返す言葉もない。能力者であるカクはあっけなくウカの私室の絨毯に転がった。副長官の私室は執務室と同じ分厚い絨毯が敷かれており痛くもかゆくも、そして音もしなかった。
「ベッドには自力で這い上がってもらえるかな?」
ウカは事も無げに命じる。
「ベッド!?」
「何をしにきたんだ、君は」
耳に舌を突っ込まれるだけじゃ飽き足らず『その先』を求めて私の部屋に来たんじゃないのか?
ウカはジャケットとパンプスは脱いでいたが、それだけだった。ベッドサイドの椅子に腰かけ、カクが皺ひとつないシーツで整えられたベッドに寝転がるのを待っている。カクは身体のだるさより、プライドを理由にすぐにはそこを動かなかった。とはいえ、芋虫のように転がっているのも癪で、ひどく億劫だったが身体だけは起こして胡坐をかく。
ウカはそんないじらしいカクを見て、かわいいなあ、とは決して口に出さず、代わりに口の端だけあげた。ウカはこのかわいい部下を動かす言葉をちゃんと知っている。理由を、あげればい。
「ずっとそこにいるつもりなら、君を部屋まで運ばせる人間を呼ぼう。ブルーノか? いや、ジャブラがいいかな? それともフクロウの方が気安いかい?」
ほらね。
カクは渋々立ち上がり、よろよろとした足取りでベッドに辿り着くとそのまま体を預けた。
「さっさと済ませばよかろう」
「そうだ、それでいい。君は上官に逆らえない。そうだろう? 手錠までかけられたんだ。もう為すすべもない」
だから──全部仕方ない。
ウカはその言葉を合図に、カクの肌を露わにしていく。だが、すべてはぎ取ることはしない。脱がせてしまうより、服を身体に纏わりつかせていた方が身動きが取れないからだ。それに、どうせ今日は足を開かせるようなことはしない。
剥き出しになった彼のペニスは外気に触れても熱々と脈打っていた。先端からぷく、と透明な液体がこぼれ照明の光を反射させている。カクはそっぽを向いたままだ。
ウカは手のひらを先端にそっと乗せた。そのまま先端のごく一部だけが触れるよう気をつけながら手のひらをくるくるとゆっくり動かす。もどかしい刺激にカクの腰が揺れてしまうので、仕方なく馬乗りになり、空いている手でペニスの根元を支えた。
「そんなに誘ってくれるな」
あまりに揺れ惑う腰にを見ていると、うっかり射精させてしまいそうで、ついそう声をかけてしまう。
「ばッ……そん、なっ……ッちが……うッ」
「ああ、すまないね。反応がいいものだから都合よく解釈してしまったよ」
海楼石の手錠はどうだい? 私にはわからないけれど、力が入らなくてすごくいいって聞いたからぜひ君に体験してほしくてね。
カクからの返答はなかったが、答えは見ればわかった。
「気に入ってくれて何よりだ」
さて次はどこを弄ろウカ。仰け反り、歯を食いしばりながら、声だけは漏らさないように必死なカクの顎裏を眺めながら、ウカはのんびりと思案する。
title by icca
おしまい
※時系列は無視してください。
カクはのこのこ何の警戒もせずこの部屋にやってきた自分を恥じた。部屋に入るなり手錠をかけられたのだ。あの、海楼石の手錠を。まさか、私を襲った君を私が信頼しているとでも? と言われれば、カクには返す言葉もない。能力者であるカクはあっけなくウカの私室の絨毯に転がった。副長官の私室は執務室と同じ分厚い絨毯が敷かれており痛くもかゆくも、そして音もしなかった。
「ベッドには自力で這い上がってもらえるかな?」
ウカは事も無げに命じる。
「ベッド!?」
「何をしにきたんだ、君は」
耳に舌を突っ込まれるだけじゃ飽き足らず『その先』を求めて私の部屋に来たんじゃないのか?
ウカはジャケットとパンプスは脱いでいたが、それだけだった。ベッドサイドの椅子に腰かけ、カクが皺ひとつないシーツで整えられたベッドに寝転がるのを待っている。カクは身体のだるさより、プライドを理由にすぐにはそこを動かなかった。とはいえ、芋虫のように転がっているのも癪で、ひどく億劫だったが身体だけは起こして胡坐をかく。
ウカはそんないじらしいカクを見て、かわいいなあ、とは決して口に出さず、代わりに口の端だけあげた。ウカはこのかわいい部下を動かす言葉をちゃんと知っている。理由を、あげればい。
「ずっとそこにいるつもりなら、君を部屋まで運ばせる人間を呼ぼう。ブルーノか? いや、ジャブラがいいかな? それともフクロウの方が気安いかい?」
ほらね。
カクは渋々立ち上がり、よろよろとした足取りでベッドに辿り着くとそのまま体を預けた。
「さっさと済ませばよかろう」
「そうだ、それでいい。君は上官に逆らえない。そうだろう? 手錠までかけられたんだ。もう為すすべもない」
だから──全部仕方ない。
ウカはその言葉を合図に、カクの肌を露わにしていく。だが、すべてはぎ取ることはしない。脱がせてしまうより、服を身体に纏わりつかせていた方が身動きが取れないからだ。それに、どうせ今日は足を開かせるようなことはしない。
剥き出しになった彼のペニスは外気に触れても熱々と脈打っていた。先端からぷく、と透明な液体がこぼれ照明の光を反射させている。カクはそっぽを向いたままだ。
ウカは手のひらを先端にそっと乗せた。そのまま先端のごく一部だけが触れるよう気をつけながら手のひらをくるくるとゆっくり動かす。もどかしい刺激にカクの腰が揺れてしまうので、仕方なく馬乗りになり、空いている手でペニスの根元を支えた。
「そんなに誘ってくれるな」
あまりに揺れ惑う腰にを見ていると、うっかり射精させてしまいそうで、ついそう声をかけてしまう。
「ばッ……そん、なっ……ッちが……うッ」
「ああ、すまないね。反応がいいものだから都合よく解釈してしまったよ」
海楼石の手錠はどうだい? 私にはわからないけれど、力が入らなくてすごくいいって聞いたからぜひ君に体験してほしくてね。
カクからの返答はなかったが、答えは見ればわかった。
「気に入ってくれて何よりだ」
さて次はどこを弄ろウカ。仰け反り、歯を食いしばりながら、声だけは漏らさないように必死なカクの顎裏を眺めながら、ウカはのんびりと思案する。
title by icca
おしまい
夢小説,官能小説,ONEPIECE,adlut night 1391字 No.123
下心、を、口移しキスだけで、敏感、服を脱ぐ#カク
キスだけで? と確かに私は言った。口と口が触れるだけじゃない、と。
任務終わりのカクはへえ、と短く言って、そのあと、じゃあ試してやろうかの、とソファから立ち上がり帽子を脱ぐと、私を自分の近くに呼び寄せた。後に引けなくなった私もしぶしぶ立ち上がる。
正面に立つと、カクは両手で私の顔をそっと挟むように、でも決して動かないように固定した。逃げられない、と思っただけで急に落ち着かない気持ちになる。私の緊張を知ってか知らずか、カクは両の親指ですりすり、と私の耳朶をさする。指の動きに合わせて、腰のあたりから頭の先までぞわぞわとしたものがせり上がってきて、カクに気づかれないように身体をよじった。
カクは真正面からずっとこちらを見ていた。顔を固定されているから気恥ずかしくても目を逸らすことはできない。仕方なく目をぎゅっと瞑ると、それを待っていたかのように、唇にふに、と柔らかいものが触れる。私の顔を押さえて離さない両の手はがっしりしてとても力強いのに、カクの唇は柔らかくてびっくりした。びくりと跳ねてもおかまいなしに、何度も唇を啄まれた。
ふに、ふに、と私の唇の感触を確かめるような仕草だった。ぼうっとされるがままになっていたら、急に右手で腰を掴まれ抱き寄せられる。バランスが崩れて、あ、と声を漏らしたその瞬間、ぬるりとしたものが歯列を割って口内へと差し込まれた。あっという間だ。それは、ゆっくりと探るように私の口内を動き回った。
なに、これ。
カクの舌は私の舌を捕まえて、下の裏や横をなぞり、時折吸ったり、唇で挟んだりした。私はどこで息を吸えばいいのかよくわからず、変なタイミングで息継ぎをしたものだから息があがってしまう。カクはこれらを淡々とやっているように思えて、自分の反応との差に羞恥心がさらに煽られた。
「──ぁあッ」
それは、カクの舌が私の上顎をなぞり上げた時だった。
大きな声が出て、身体が弓なりにしなった。今まで頑なに身体の横に置いていた両手も、ついにカクの身体に伸びた。もちろんカクはそのあと執拗にそこをなぞる。何度も。何度も。私は、何度でも新鮮に反応した。声が出るのに合わせて、頭に閃光がちらつき、真っ白になっていく。
口内の刺激に気を取られているうちに、カクの右手は私のお尻を掴みやわやわと揉みしだいているし、長い足を私の脚の間に入れ、股間にあるさらに敏感な部分をぐりぐりと刺激するように動かしていた。
「ッ……ず、るいッ」
私が息も絶え絶えに、睨みながらなんとかそう言うと、口と手と足がぱっと離れていく。崩れ落ちそうになる私をカクは支えない。へたりと座り込んだ私は、肩で息をしながらカクを見上げ、それでも強気に非難する。
「キスッ、……だけじゃ、ないじゃん」
「すまんの。つい」
逆光で表情はわからないが、絶対に悪いと思っていない謝罪だった。
「それで」
「……なに?」
「服は脱がんのが趣味か?」
ばっかじゃないの、と叫びながら着ていたジャケットを投げつけると、カクもすまんすまんと言いながら、ジャケットを脱ぎ始めた。
title by icca
おしまい
キスだけで? と確かに私は言った。口と口が触れるだけじゃない、と。
任務終わりのカクはへえ、と短く言って、そのあと、じゃあ試してやろうかの、とソファから立ち上がり帽子を脱ぐと、私を自分の近くに呼び寄せた。後に引けなくなった私もしぶしぶ立ち上がる。
正面に立つと、カクは両手で私の顔をそっと挟むように、でも決して動かないように固定した。逃げられない、と思っただけで急に落ち着かない気持ちになる。私の緊張を知ってか知らずか、カクは両の親指ですりすり、と私の耳朶をさする。指の動きに合わせて、腰のあたりから頭の先までぞわぞわとしたものがせり上がってきて、カクに気づかれないように身体をよじった。
カクは真正面からずっとこちらを見ていた。顔を固定されているから気恥ずかしくても目を逸らすことはできない。仕方なく目をぎゅっと瞑ると、それを待っていたかのように、唇にふに、と柔らかいものが触れる。私の顔を押さえて離さない両の手はがっしりしてとても力強いのに、カクの唇は柔らかくてびっくりした。びくりと跳ねてもおかまいなしに、何度も唇を啄まれた。
ふに、ふに、と私の唇の感触を確かめるような仕草だった。ぼうっとされるがままになっていたら、急に右手で腰を掴まれ抱き寄せられる。バランスが崩れて、あ、と声を漏らしたその瞬間、ぬるりとしたものが歯列を割って口内へと差し込まれた。あっという間だ。それは、ゆっくりと探るように私の口内を動き回った。
なに、これ。
カクの舌は私の舌を捕まえて、下の裏や横をなぞり、時折吸ったり、唇で挟んだりした。私はどこで息を吸えばいいのかよくわからず、変なタイミングで息継ぎをしたものだから息があがってしまう。カクはこれらを淡々とやっているように思えて、自分の反応との差に羞恥心がさらに煽られた。
「──ぁあッ」
それは、カクの舌が私の上顎をなぞり上げた時だった。
大きな声が出て、身体が弓なりにしなった。今まで頑なに身体の横に置いていた両手も、ついにカクの身体に伸びた。もちろんカクはそのあと執拗にそこをなぞる。何度も。何度も。私は、何度でも新鮮に反応した。声が出るのに合わせて、頭に閃光がちらつき、真っ白になっていく。
口内の刺激に気を取られているうちに、カクの右手は私のお尻を掴みやわやわと揉みしだいているし、長い足を私の脚の間に入れ、股間にあるさらに敏感な部分をぐりぐりと刺激するように動かしていた。
「ッ……ず、るいッ」
私が息も絶え絶えに、睨みながらなんとかそう言うと、口と手と足がぱっと離れていく。崩れ落ちそうになる私をカクは支えない。へたりと座り込んだ私は、肩で息をしながらカクを見上げ、それでも強気に非難する。
「キスッ、……だけじゃ、ないじゃん」
「すまんの。つい」
逆光で表情はわからないが、絶対に悪いと思っていない謝罪だった。
「それで」
「……なに?」
「服は脱がんのが趣味か?」
ばっかじゃないの、と叫びながら着ていたジャケットを投げつけると、カクもすまんすまんと言いながら、ジャケットを脱ぎ始めた。
title by icca
おしまい
夢小説,官能小説,ONEPIECE,adlut night 1338字 No.122
ラストレター#カク
十年続けた日記をやめることにした。
昔は、日記になんでも書いた。食べて美味しかったもの。言われて傷ついた言葉。読んで感動した本の感想。しでかした最悪の失敗。ひとには決して言えない妬み。思いついたことは、なんでも全部。
なんでそんなにすべて書きとめたのか、いまとなってはもうわからない。忘れ、失われてしまうのが嫌だったのか、書いてすっきりしたかったのか。ある意味、生きている自分よりずっと、『自分』らしい日記だったかもしれないけど、その日記は読み返したわたしを幸せな気持ちにすることはあまりなかった。
愚痴を読み返すと、その時の気持ちを思い出してしまう。せっかく忘れていた、言われてつらかった言葉をまた浴びてしまう。現実には一度しか言われていないのに、脳内で繰り返し、何度も勝手に傷ついた。当時好きだったひとへの思いや行動は、今思い出すとあまりに直情的で、このまま忘れてなかったことにしたかった。
書いていたときは、ここに書いたことは全部、いつか笑って読み飛ばせる日が来ると信じていた。そしてその日はそう遠くない未来だと思っていた。
でもそんなことなかった。「昔の自分」すべてを微笑ましく思える日なんて、訪れる気配もない。少なくとも、十年という月日は意外とひとを変えないのだとわかったし、傷にはかさぶたが出来るだけで、そのかさぶたはちょっとしたことで剥がれ、まだ生々しい肉が見えるのだと知った。
であれば。処分してしまおうと思ったのだ。
開けばきっとまた、傷が疼く。ようやく出来たかさぶたが剥がれる。思い立ったらいてもいられず、すぐにキッチン・ストーブに火を起こし、薪の代わりにどんどんくべていった。十年分のわたしがぱちぱちと乾いた音を立てて灰になっていく。ページが崩れるほどに、そこに閉じ込めていたすべてが、事実ごと消えてなくなるかのような清々しい気持ちにさえなった。
あと一冊。一番古い日記を手に取ったそのとき、それははらはらと床にこぼれ落ちた。小さな紙片だった。何冊も火に投げ入れていったので、最後の最後で油断した。それに、そんなものが挟んであるなんて思いもしなかった。紙片にはなにか書いてある──認識した瞬間、慌てて裏にする。そうしたら、裏にも文字が書いてあって、また驚く。何も心当たりはなかったが、嫌な予感が胸から喉の方にせり上がってきて、息が詰まりそうだった。このまま目をつむって、火に投げ入れてしまえば──。
思ったものの、好奇心には勝てなかった。心を落ち着けてから、紙切れをそっと拾う。たしかに自分の字だった。内容はさっぱりだったが、十年前の自分の字だけには、懐かしさを覚えた。それは短い手紙で、書き置きで、日記の断片のようなものだった。使いかけのノートから切り離したようなそっけない紙にしたためられており、かさかさに乾いている。
今日は天気がいいですね。晴れは好きなのでわたしは元気です。でも会えないのはさみしい。仕事は順調ですか? 一緒にご飯食べたいな。
──すまんの。来週は必ず。
わたしの書いた文字の下に、当時付き合っていたひとの走り書きが並ぶ。
床にこぼれ落ちたのは全部同じような紙切れで、交換日記のような内容のものもあった。きっとわたしが強要したのだろうが、飽きっぽいわたしがすぐやめたことも簡単に想像できた。床に落ちた紙片は両手で足りるほどの枚数だったから。
今日は本を読みました。少し昔の小説だったけど面白かった。殺し屋と女の子の話。今度貸すから読んでみて。殺し屋がかっこよかったよ。
──今度貸してくれ。ネタバレはなしじゃ。
本は貸しただろうか。思い出せない。少なくともいま手元にこの本はない。
付き合っていた頃、彼はわたしの部屋に入り浸っていた。彼の部屋にはほとんどいかなくて、彼の本棚にどんな本が並んでいたか思い出せない。本棚があったかどうかも覚えていなかった。
昨日は待たせてごめん! 急な残業がどうしても終わらなくて。
──待つのは苦じゃない。
当時のわたしたちは電伝虫を飼っていなくて、簡単には連絡を取り合えなかった。だからこうしてよく手紙を書いたのだ。といっても、彼の返事は簡潔で短かった。ふと、それをさみしく思ったことを思い出す。今なら文量と気持ちの量がイコールだなんて思わないのに。
七日の夜は?
ああ、きっとこれは。彼の方から書いた珍しい部類の手紙だったのだろう。綺麗に折ってあった。だんだんと思い出す。楽しくはしゃいだことも、悲しみと怒りで何度も枕に拳を打ち付けた夜のことも。
彼とは嫌な別れ方をした。
あの頃、わたしも彼も互いの仕事が忙しくなってきて、それに比例するようにすれ違いも増えていった。何よりわたしは幼くて、優しい彼に甘えすぎていた。彼を信じて待つ、ということが出来なかったし、彼を支えるということも頭になかった。与えることではなく、与えられることを望んでしまった。
「もう別れる!」と叫んでしまったのは完全に勢いだ。彼は、疲れた様子でわたしの部屋をあとにして、それっきり。撤回したり、謝罪したりしたかったけど、その後すぐに、市長の暗殺未遂や未曾有のアクア・ラグナ被害などが続いて、何も出来ないまま、彼はわたしの生活からすぽっと抜け落ちるように消えた。
自業自得だったけど、なんともすっきりしない終わり方だったからだいぶ引きずったし、当時は自分勝手にも彼を憎んだりもしたから、こんなやりとりをした事なんて、思い出そうともしなかった。
わたしのこと好きだよね?
──愚問じゃ
最後に拾った紙片には彼らしい愛の言葉が記されていた。
そうだ。確かにわたしは彼のことが好きだった。あのとき間違いなく、いちばん大切なひとだったし、彼にとってもきっと。きっと、一緒に食事をして、同じベッドで眠った。きっと、互いの本を貸し借りして感想を語り合った。きっと、並んで歩いて散歩して、同じ景色を見て笑いあった。
酔っ払って二人で歩いた夜道。月と街灯が水路の水面に反射してキラキラとまばゆかった。初めて二人で海列車に乗って遠出したのはよく晴れた日で、空も海も、どちらも真っ青で水平線がわからないくらいだった。通りがかるふりをして、造船所で働く姿をそっと盗み見た。目が合って気恥ずかしかった。彼はいつも、笑顔だった。
はっきりと思い出せなくても確かに。多分、おそらく。
彼には申し訳ないことをした、と今なら思える。
彼だって、大人びていたけど若かった。それなのにわたしは、そう年の変わらないわたしを彼に背負わせようとしたんだ。
もう十分。ぜんぶ火にくべよう。そう決めて、床から拾い集めた紙切れを今度はしっかり挟み込もうと、手元に残った最後の日記を開く。するとそこには、まだ一枚のメッセージカードが残っていた。紙切れとは違う、きちんとしたカードだ。
そうだ、これ──。
なにかあれば、ここに白紙のポストカードを
思い出した。アクア・ラグナが去ったあと、自宅の郵便受けに入っていたカードだ。誰のものともわからぬ、均一な印字だった。誰から、なぜこんなものがと訝しみながら、それでもその文面は心に残って、捨てきれなかった。これは『わたし宛』だと強く感じたから。
だが、宛先を見てさらに戸惑う。それは島の端の端。海列車でセント・ポプラに行くほうが近いくらいで、とてもそこまで確かめに行くことは出来ない。でも──ポストカードを出す、だけなら。
もう、十年。このカードが届けられてから十年たった。これはいまも有効なんだろうか。いやそんなはずない。普通に考えたら。そもそも、これがなんなのかわからない。でも。
わたしはキッチン・ストーブの火を消し、急ぎ雑貨屋へ向かう。いまさら急いだって遅いのに。どんなポストカードが良いのか、迷っている。
──まだ届くだろうか、十年たった今からでも。
おしまい
十年続けた日記をやめることにした。
昔は、日記になんでも書いた。食べて美味しかったもの。言われて傷ついた言葉。読んで感動した本の感想。しでかした最悪の失敗。ひとには決して言えない妬み。思いついたことは、なんでも全部。
なんでそんなにすべて書きとめたのか、いまとなってはもうわからない。忘れ、失われてしまうのが嫌だったのか、書いてすっきりしたかったのか。ある意味、生きている自分よりずっと、『自分』らしい日記だったかもしれないけど、その日記は読み返したわたしを幸せな気持ちにすることはあまりなかった。
愚痴を読み返すと、その時の気持ちを思い出してしまう。せっかく忘れていた、言われてつらかった言葉をまた浴びてしまう。現実には一度しか言われていないのに、脳内で繰り返し、何度も勝手に傷ついた。当時好きだったひとへの思いや行動は、今思い出すとあまりに直情的で、このまま忘れてなかったことにしたかった。
書いていたときは、ここに書いたことは全部、いつか笑って読み飛ばせる日が来ると信じていた。そしてその日はそう遠くない未来だと思っていた。
でもそんなことなかった。「昔の自分」すべてを微笑ましく思える日なんて、訪れる気配もない。少なくとも、十年という月日は意外とひとを変えないのだとわかったし、傷にはかさぶたが出来るだけで、そのかさぶたはちょっとしたことで剥がれ、まだ生々しい肉が見えるのだと知った。
であれば。処分してしまおうと思ったのだ。
開けばきっとまた、傷が疼く。ようやく出来たかさぶたが剥がれる。思い立ったらいてもいられず、すぐにキッチン・ストーブに火を起こし、薪の代わりにどんどんくべていった。十年分のわたしがぱちぱちと乾いた音を立てて灰になっていく。ページが崩れるほどに、そこに閉じ込めていたすべてが、事実ごと消えてなくなるかのような清々しい気持ちにさえなった。
あと一冊。一番古い日記を手に取ったそのとき、それははらはらと床にこぼれ落ちた。小さな紙片だった。何冊も火に投げ入れていったので、最後の最後で油断した。それに、そんなものが挟んであるなんて思いもしなかった。紙片にはなにか書いてある──認識した瞬間、慌てて裏にする。そうしたら、裏にも文字が書いてあって、また驚く。何も心当たりはなかったが、嫌な予感が胸から喉の方にせり上がってきて、息が詰まりそうだった。このまま目をつむって、火に投げ入れてしまえば──。
思ったものの、好奇心には勝てなかった。心を落ち着けてから、紙切れをそっと拾う。たしかに自分の字だった。内容はさっぱりだったが、十年前の自分の字だけには、懐かしさを覚えた。それは短い手紙で、書き置きで、日記の断片のようなものだった。使いかけのノートから切り離したようなそっけない紙にしたためられており、かさかさに乾いている。
今日は天気がいいですね。晴れは好きなのでわたしは元気です。でも会えないのはさみしい。仕事は順調ですか? 一緒にご飯食べたいな。
──すまんの。来週は必ず。
わたしの書いた文字の下に、当時付き合っていたひとの走り書きが並ぶ。
床にこぼれ落ちたのは全部同じような紙切れで、交換日記のような内容のものもあった。きっとわたしが強要したのだろうが、飽きっぽいわたしがすぐやめたことも簡単に想像できた。床に落ちた紙片は両手で足りるほどの枚数だったから。
今日は本を読みました。少し昔の小説だったけど面白かった。殺し屋と女の子の話。今度貸すから読んでみて。殺し屋がかっこよかったよ。
──今度貸してくれ。ネタバレはなしじゃ。
本は貸しただろうか。思い出せない。少なくともいま手元にこの本はない。
付き合っていた頃、彼はわたしの部屋に入り浸っていた。彼の部屋にはほとんどいかなくて、彼の本棚にどんな本が並んでいたか思い出せない。本棚があったかどうかも覚えていなかった。
昨日は待たせてごめん! 急な残業がどうしても終わらなくて。
──待つのは苦じゃない。
当時のわたしたちは電伝虫を飼っていなくて、簡単には連絡を取り合えなかった。だからこうしてよく手紙を書いたのだ。といっても、彼の返事は簡潔で短かった。ふと、それをさみしく思ったことを思い出す。今なら文量と気持ちの量がイコールだなんて思わないのに。
七日の夜は?
ああ、きっとこれは。彼の方から書いた珍しい部類の手紙だったのだろう。綺麗に折ってあった。だんだんと思い出す。楽しくはしゃいだことも、悲しみと怒りで何度も枕に拳を打ち付けた夜のことも。
彼とは嫌な別れ方をした。
あの頃、わたしも彼も互いの仕事が忙しくなってきて、それに比例するようにすれ違いも増えていった。何よりわたしは幼くて、優しい彼に甘えすぎていた。彼を信じて待つ、ということが出来なかったし、彼を支えるということも頭になかった。与えることではなく、与えられることを望んでしまった。
「もう別れる!」と叫んでしまったのは完全に勢いだ。彼は、疲れた様子でわたしの部屋をあとにして、それっきり。撤回したり、謝罪したりしたかったけど、その後すぐに、市長の暗殺未遂や未曾有のアクア・ラグナ被害などが続いて、何も出来ないまま、彼はわたしの生活からすぽっと抜け落ちるように消えた。
自業自得だったけど、なんともすっきりしない終わり方だったからだいぶ引きずったし、当時は自分勝手にも彼を憎んだりもしたから、こんなやりとりをした事なんて、思い出そうともしなかった。
わたしのこと好きだよね?
──愚問じゃ
最後に拾った紙片には彼らしい愛の言葉が記されていた。
そうだ。確かにわたしは彼のことが好きだった。あのとき間違いなく、いちばん大切なひとだったし、彼にとってもきっと。きっと、一緒に食事をして、同じベッドで眠った。きっと、互いの本を貸し借りして感想を語り合った。きっと、並んで歩いて散歩して、同じ景色を見て笑いあった。
酔っ払って二人で歩いた夜道。月と街灯が水路の水面に反射してキラキラとまばゆかった。初めて二人で海列車に乗って遠出したのはよく晴れた日で、空も海も、どちらも真っ青で水平線がわからないくらいだった。通りがかるふりをして、造船所で働く姿をそっと盗み見た。目が合って気恥ずかしかった。彼はいつも、笑顔だった。
はっきりと思い出せなくても確かに。多分、おそらく。
彼には申し訳ないことをした、と今なら思える。
彼だって、大人びていたけど若かった。それなのにわたしは、そう年の変わらないわたしを彼に背負わせようとしたんだ。
もう十分。ぜんぶ火にくべよう。そう決めて、床から拾い集めた紙切れを今度はしっかり挟み込もうと、手元に残った最後の日記を開く。するとそこには、まだ一枚のメッセージカードが残っていた。紙切れとは違う、きちんとしたカードだ。
そうだ、これ──。
なにかあれば、ここに白紙のポストカードを
思い出した。アクア・ラグナが去ったあと、自宅の郵便受けに入っていたカードだ。誰のものともわからぬ、均一な印字だった。誰から、なぜこんなものがと訝しみながら、それでもその文面は心に残って、捨てきれなかった。これは『わたし宛』だと強く感じたから。
だが、宛先を見てさらに戸惑う。それは島の端の端。海列車でセント・ポプラに行くほうが近いくらいで、とてもそこまで確かめに行くことは出来ない。でも──ポストカードを出す、だけなら。
もう、十年。このカードが届けられてから十年たった。これはいまも有効なんだろうか。いやそんなはずない。普通に考えたら。そもそも、これがなんなのかわからない。でも。
わたしはキッチン・ストーブの火を消し、急ぎ雑貨屋へ向かう。いまさら急いだって遅いのに。どんなポストカードが良いのか、迷っている。
──まだ届くだろうか、十年たった今からでも。
おしまい
ある晴れた日水の都で過ごした#カク #パウリー #ルッチ #カリファ
朝の光をまんべんなくうけた町はそれだけで美しい。外に出ると遠くで朝の七時を告げる音楽が鳴り始め、朝の調べと一緒に潮の匂いが風に乗って運ばれてくる。ストレッチと軽い朝食はすでに済ませた。いちに、いちに、と心のなかで反復しながら屈伸をしてから地面を蹴ると、たちまち空に近づけることを知っていた。いつもの屋根に見当をつけて、住民を驚かせないように、軽い軽い音を心がけて着地する。高所に行けば行くほど朝の空気は澄んでおり、自分を洗ってくれるような気がしている。海王類ほどに見える白い大きな雲が空を悠然と泳いでいた。
カク、と呼ばれ下を見やれば、笑顔の眩しい彼が片手をあげた。金髪が朝日にキラキラと溶けていきそうだった。おはようさん、と言いながら、カクは登ったばかりの屋根から飛び降りた。こんな朝早くから珍しいこともあるもんじゃ、とからかう。
「今日はあいつらが家まで押しかけてきそうだからな」
これも作戦のうちよ、と誇らしげなパウリーの言葉にカクは思わず吹き出した。『あいつら』とは金を借りている男たちのことだろう。金を返さずに悪びれぬ彼だが、どこか憎めないのをカクは知っている。朝飯は? と問うと、いやそれがよう、と口をもごもごさせるので、食べ物もとい金が無いのだとわかった。
「仕方のないやつじゃのう」
「さすがカク様! ありがてえ、ありがてえ!」
「まだ奢るなんて言っとらんじゃろ……」
「なに!? 奢ってくれんのか?」
というパウリーの言葉に、しまったと口に手を当てるがもう遅い。カクはため息をつきながら、朝からやっているいくつかのカフェのうち、一番安く済みそうなカフェの名を口にした。

日差しが肌をじりじりと焼くのも、首筋を伝う汗がタンクトップを湿らせていくのもいとわず、黙々と作業に没頭する。昼の十二時を知らせるチャイムが鳴ってもパウリーの手は止まらなかった。咥えた葉巻はもう大分短い。今日は風がなかったので、葉巻からの煙はゆらゆらと彼の周囲に停滞し香りだけを残してゆっくりと消えていく。手元を見る彼の視線はまるで光線のよう。今日の強い日差しと相まって、見つめるその一点を焦がしそうなほどだった。
それを阻止したのは一枚の濡れたタオル。顔面にぶつけられたそれは、さすがに彼の手を止めた。ぶわっ、という声とともに短くなった葉巻がじゅっと音を立てて消える。煙も吹き飛び、心なしか彼の輪郭がくっきりとする。
「おいこら! なにすんだ!」顔を覆ったタオルを取り開けた視界の先にいたのはルッチだった。
『お前のその集中力は唯一称賛に値する点……だと思うこともなくはないが、度が過ぎる。もう昼だ。生産性が落ちるから休憩しろ』
「素直に褒めらんねェのか、お前は」
言いながらカクの姿を探す。いつもならルッチの隣で早くしろと飯をせっつかれるのだが。
「カクは?」
『今日は食いたいものがあるからと一人でどこかに行った』
逃げたな。カクの奢りで朝食を頬張ったパウリーにはカク不在の理由がピンときて、何気ない風を装いながらルッチに探りをいれる。
「へえ、珍しいな。じゃあ今日は二人か。どうする?」
『何か食いたいものがあるのか?』
「今日は外に食いに行こうぜ」
社員食堂では、給料から天引きされる。外の店で腹いっぱい食べたあと、ルッチに泣きつけば、ルッチも奢らざるを得ないだろう。
『わかった。いいだろう』
カクからは何も聞いていないらしい。あいつのことだ、ルッチも同じ目に遭えばいいと思っているに違いない。パウリーはカクの期待に応えるべく、ルッチと肩を並べ会社近くの食堂に向かう。

彼は今日は何を所望するだろう。コーヒーか、そろそろ紅茶か──。カリファの熟考を三時のチャイムと電伝虫の呼び出し音が砕いた。受付からの用件を聞きながらそっと窓の外に目をやる。
「アイスバーグさん」
「ンマー、なんだ?」
「また、あのお客様です」
カリファがそう告げると、アイスバーグはカーテンの隙間から自分がさっきしたのと同じように窓の外を盗み見た。玄関先にコーギーの部下たちがたむろしているのをみて、あからさまにげんなりしている。
そんなに辛いのなら、さっさと手放せばいいものを──この人は社長でかつ市長でもあるのに、実に表情が豊かだった。だが、壁に貼った手配書走らせた一瞬の視線は険しい。それが何を意味するのかまでは決して悟らせない。そういう人だ。
持っているならはやく手放して。心に思うだけで決して言わない言葉が、カリファの胸に澱のようにたまっていく。傷つけたいわけではない。目当てのものが手に入れば私達は黙って姿を消すだけ。だから、はやく。
そこまで考えて、軽く首を振る。彼はたとえ私が正体を明かして説得したところで態度を変えないだろう。どんな忠告も懇願も彼には届かない。それなら。
「コーギー氏とお会いする前に、何かお飲み物でもいかがですか?」
「それもそうだな。今日は紅茶に」
「淹れてきました」
さすがだな! という称賛を得て、顔がほころぶのに気づいたカリファは、そっと眼鏡をかけ直した。
最後まで優秀な秘書を全うするまでだ。

細い細い月が水の都をそっと照らしている夜のこと。海を帯びた生ぬるい夜風が、月明かりも届かぬその場所を通り抜けていく。
誰にも知られていない四人は、誰にも知られてはならない会話を続ける。
「準備はいいか?」誰かが問う。
「問題ない」低い声が響く。
「天気も上々」少し若さの残る声で返答がある。
「ちょうど新月」しっとりした声が提案を後押しした。
「それならば──」最初の声が言う。
「明日、頂こうか」
湿った黒い風がごうと吹き、車両基地に戻る海列車の汽笛がのどかに鳴った。なんでもなかった、いつもと変わらぬ一日だったはずの今日が、この瞬間からたちまち襲撃前日に、そして潜入任務最終日となる。
ある晴れた日のことだった。
おしまい
朝の光をまんべんなくうけた町はそれだけで美しい。外に出ると遠くで朝の七時を告げる音楽が鳴り始め、朝の調べと一緒に潮の匂いが風に乗って運ばれてくる。ストレッチと軽い朝食はすでに済ませた。いちに、いちに、と心のなかで反復しながら屈伸をしてから地面を蹴ると、たちまち空に近づけることを知っていた。いつもの屋根に見当をつけて、住民を驚かせないように、軽い軽い音を心がけて着地する。高所に行けば行くほど朝の空気は澄んでおり、自分を洗ってくれるような気がしている。海王類ほどに見える白い大きな雲が空を悠然と泳いでいた。
カク、と呼ばれ下を見やれば、笑顔の眩しい彼が片手をあげた。金髪が朝日にキラキラと溶けていきそうだった。おはようさん、と言いながら、カクは登ったばかりの屋根から飛び降りた。こんな朝早くから珍しいこともあるもんじゃ、とからかう。
「今日はあいつらが家まで押しかけてきそうだからな」
これも作戦のうちよ、と誇らしげなパウリーの言葉にカクは思わず吹き出した。『あいつら』とは金を借りている男たちのことだろう。金を返さずに悪びれぬ彼だが、どこか憎めないのをカクは知っている。朝飯は? と問うと、いやそれがよう、と口をもごもごさせるので、食べ物もとい金が無いのだとわかった。
「仕方のないやつじゃのう」
「さすがカク様! ありがてえ、ありがてえ!」
「まだ奢るなんて言っとらんじゃろ……」
「なに!? 奢ってくれんのか?」
というパウリーの言葉に、しまったと口に手を当てるがもう遅い。カクはため息をつきながら、朝からやっているいくつかのカフェのうち、一番安く済みそうなカフェの名を口にした。
日差しが肌をじりじりと焼くのも、首筋を伝う汗がタンクトップを湿らせていくのもいとわず、黙々と作業に没頭する。昼の十二時を知らせるチャイムが鳴ってもパウリーの手は止まらなかった。咥えた葉巻はもう大分短い。今日は風がなかったので、葉巻からの煙はゆらゆらと彼の周囲に停滞し香りだけを残してゆっくりと消えていく。手元を見る彼の視線はまるで光線のよう。今日の強い日差しと相まって、見つめるその一点を焦がしそうなほどだった。
それを阻止したのは一枚の濡れたタオル。顔面にぶつけられたそれは、さすがに彼の手を止めた。ぶわっ、という声とともに短くなった葉巻がじゅっと音を立てて消える。煙も吹き飛び、心なしか彼の輪郭がくっきりとする。
「おいこら! なにすんだ!」顔を覆ったタオルを取り開けた視界の先にいたのはルッチだった。
『お前のその集中力は唯一称賛に値する点……だと思うこともなくはないが、度が過ぎる。もう昼だ。生産性が落ちるから休憩しろ』
「素直に褒めらんねェのか、お前は」
言いながらカクの姿を探す。いつもならルッチの隣で早くしろと飯をせっつかれるのだが。
「カクは?」
『今日は食いたいものがあるからと一人でどこかに行った』
逃げたな。カクの奢りで朝食を頬張ったパウリーにはカク不在の理由がピンときて、何気ない風を装いながらルッチに探りをいれる。
「へえ、珍しいな。じゃあ今日は二人か。どうする?」
『何か食いたいものがあるのか?』
「今日は外に食いに行こうぜ」
社員食堂では、給料から天引きされる。外の店で腹いっぱい食べたあと、ルッチに泣きつけば、ルッチも奢らざるを得ないだろう。
『わかった。いいだろう』
カクからは何も聞いていないらしい。あいつのことだ、ルッチも同じ目に遭えばいいと思っているに違いない。パウリーはカクの期待に応えるべく、ルッチと肩を並べ会社近くの食堂に向かう。
彼は今日は何を所望するだろう。コーヒーか、そろそろ紅茶か──。カリファの熟考を三時のチャイムと電伝虫の呼び出し音が砕いた。受付からの用件を聞きながらそっと窓の外に目をやる。
「アイスバーグさん」
「ンマー、なんだ?」
「また、あのお客様です」
カリファがそう告げると、アイスバーグはカーテンの隙間から自分がさっきしたのと同じように窓の外を盗み見た。玄関先にコーギーの部下たちがたむろしているのをみて、あからさまにげんなりしている。
そんなに辛いのなら、さっさと手放せばいいものを──この人は社長でかつ市長でもあるのに、実に表情が豊かだった。だが、壁に貼った手配書走らせた一瞬の視線は険しい。それが何を意味するのかまでは決して悟らせない。そういう人だ。
持っているならはやく手放して。心に思うだけで決して言わない言葉が、カリファの胸に澱のようにたまっていく。傷つけたいわけではない。目当てのものが手に入れば私達は黙って姿を消すだけ。だから、はやく。
そこまで考えて、軽く首を振る。彼はたとえ私が正体を明かして説得したところで態度を変えないだろう。どんな忠告も懇願も彼には届かない。それなら。
「コーギー氏とお会いする前に、何かお飲み物でもいかがですか?」
「それもそうだな。今日は紅茶に」
「淹れてきました」
さすがだな! という称賛を得て、顔がほころぶのに気づいたカリファは、そっと眼鏡をかけ直した。
最後まで優秀な秘書を全うするまでだ。
細い細い月が水の都をそっと照らしている夜のこと。海を帯びた生ぬるい夜風が、月明かりも届かぬその場所を通り抜けていく。
誰にも知られていない四人は、誰にも知られてはならない会話を続ける。
「準備はいいか?」誰かが問う。
「問題ない」低い声が響く。
「天気も上々」少し若さの残る声で返答がある。
「ちょうど新月」しっとりした声が提案を後押しした。
「それならば──」最初の声が言う。
「明日、頂こうか」
湿った黒い風がごうと吹き、車両基地に戻る海列車の汽笛がのどかに鳴った。なんでもなかった、いつもと変わらぬ一日だったはずの今日が、この瞬間からたちまち襲撃前日に、そして潜入任務最終日となる。
ある晴れた日のことだった。
おしまい
秘所を蹂躙 #ドラハー
スコーピウスのおうちの薔薇園は散策路などが整備されていて、 さながら公園のようだった。様々な種類の薔薇がよく考えられて植えてある。 薔薇はその花弁に昨日の雨粒を溜めており、一層美しさが増していた。 散策路には雑草避けなのか、藁のようなものや枯れ草が敷き詰めてあり、 歩くとたまにちくちくしたが、足裏に伝わる感触は柔らかく、歩きやすかった。
「父が何か失礼なこと、言わなかった?」
スコーピウスは恐る恐る、申し訳なさそうに言った。 わたしはすかさず首を横にぶんぶんと振って、それを否定した。 さっきのやりとりはそんなものじゃなかった。 スコーピウスのお父様が最後に呟いた『グレンジャーか。』という言葉は、 なんというか、本当は聞いてはいけないものだったのではないだろうか。 それをうっかり聞いてしまった、どきどきするような余韻にしばらく浸っていたくて、 スコーピウスにはすぐには説明できなかった。 あの呟きは、それくらい小さかったし、あまりにあの方の外見とは裏腹で、 そぐわない声音だった。
『グレンジャーか』
大人が子供の頃を思い出す気持ちとはどんなものだろう。 子供の私が、例えば昨日のこと、二度と還らない日々を思い起こす気持ちと 同じだろうか。いや、きっと違う。 懐かしい思い出が遠くに行けば行くほど、きっと切なさで胸が潰れてしまうに違いない。 スコーピウスのお父様の声は、それくらい、悲痛で、でも楽しそうに微笑まれていて、 だけど今にも泣き出しそうな感じがした。(もちろん、わたしが勝手にそう感じただけだ。)
「大したことじゃないわ」わたしは言った。
「母を知ってるか、って伺っただけ」
「父はなんて?」
「多分、知ってるんだと思う。母と違って素直だね、って言われたし。 名乗ってないのに『グレンジャー』って言われたわ」
「そんな、呼び方」
「違うのよ、多分独り言というか、私を見て、母のことを思い出して 『グレンジャーか』ってつぶやいただけなの」
「……そう」
スコーピウスはそれを聞いて、少し黙ってしまった。 何か思うところがあるのだろうか。わたしたちは散策路を一周して、 先ほどスコーピウスのお父様がいらっしゃった、白薔薇と青薔薇の絡みついた 可愛らしい東屋に戻ってきた。 もう、お父様は家にお帰りになったようだ。
「座ろうか」スコーピウスはそう言って、私の返事も待たずに東屋の中にあった ベンチに腰掛ける。 私も同じようにすると、ほのかに薔薇の香りがした。
「ローズは、ご両親の恋の話って聞いたことがあるかい?」
「恥ずかしくて本人には聞けないわよ。だけど、ハリーから色々聞かされたから 無駄に詳しくなってしまったの」
「アルバスのお父様だね。ミスター・ポッターはなんて?」
「普通よ。父の方が母に惹かれていて……、とか、僕との仲を疑って喧嘩したりしただとか」
「微笑ましいね」
「スコーピウスは聞いたことあるの?」
「ないよ。ないんだけど、『グリフィンドールの令嬢だけはやめておけ』って言われたことがある」
「そんな! じゃあわたしと仲良くしているのは、お父様、お嫌なのね」
「いや、そうじゃないんだ。そうじゃなくて、『辛いから』って」
私は息を呑んだ。それは、お父様ご自身が辛かったからなのだろうか。
グリフィンドールの、誰と?
「父は絶対に昔の恋の話はしないんだ。まあ、柄じゃないっていうのもあるんだけど、 でも母が茶化して聞いてみても、頑なに言わないらしい。 だけどね、父がすごく大切にしてるものがあって、僕はそれが、 昔好きだった人、もしくは、付き合っていた人からもらったものじゃないかと思う」
スコーピウスは一気にそこまで言って、また黙ってしまった。 言っていいものか、迷っているようだった。
「君のお母様は、栞、持ってないかい?」
「しおり? 本に挟んでおくものよね。持ってるわよ。 銀盤の、切り絵みたいになっていて、白い薔薇が一輪あしらってあるわ。」
私のその言葉を聞いて、スコーピウスはやっぱり、と呟いた。そしてそのまま続ける。
「僕の父もね、持ってるんだよ。君のお母様と多分同じ、でも薔薇の色は青」
「本を読んでるのか、栞を見てるのか、わからないときがあるんだ」
「いつも手にとって、クロスで拭いて、大事に使ってる」
スコーピウスはどんどん言葉を重ねていくが、私はついていくので精一杯だった。
スコーピウスのお父様と、母さんが、恋仲だった?
「この東屋も、父の希望で作ったんだよ」
秘所を蹂躙
そんなこと知りたくなかった
おしまい
スコーピウスのおうちの薔薇園は散策路などが整備されていて、 さながら公園のようだった。様々な種類の薔薇がよく考えられて植えてある。 薔薇はその花弁に昨日の雨粒を溜めており、一層美しさが増していた。 散策路には雑草避けなのか、藁のようなものや枯れ草が敷き詰めてあり、 歩くとたまにちくちくしたが、足裏に伝わる感触は柔らかく、歩きやすかった。
「父が何か失礼なこと、言わなかった?」
スコーピウスは恐る恐る、申し訳なさそうに言った。 わたしはすかさず首を横にぶんぶんと振って、それを否定した。 さっきのやりとりはそんなものじゃなかった。 スコーピウスのお父様が最後に呟いた『グレンジャーか。』という言葉は、 なんというか、本当は聞いてはいけないものだったのではないだろうか。 それをうっかり聞いてしまった、どきどきするような余韻にしばらく浸っていたくて、 スコーピウスにはすぐには説明できなかった。 あの呟きは、それくらい小さかったし、あまりにあの方の外見とは裏腹で、 そぐわない声音だった。
『グレンジャーか』
大人が子供の頃を思い出す気持ちとはどんなものだろう。 子供の私が、例えば昨日のこと、二度と還らない日々を思い起こす気持ちと 同じだろうか。いや、きっと違う。 懐かしい思い出が遠くに行けば行くほど、きっと切なさで胸が潰れてしまうに違いない。 スコーピウスのお父様の声は、それくらい、悲痛で、でも楽しそうに微笑まれていて、 だけど今にも泣き出しそうな感じがした。(もちろん、わたしが勝手にそう感じただけだ。)
「大したことじゃないわ」わたしは言った。
「母を知ってるか、って伺っただけ」
「父はなんて?」
「多分、知ってるんだと思う。母と違って素直だね、って言われたし。 名乗ってないのに『グレンジャー』って言われたわ」
「そんな、呼び方」
「違うのよ、多分独り言というか、私を見て、母のことを思い出して 『グレンジャーか』ってつぶやいただけなの」
「……そう」
スコーピウスはそれを聞いて、少し黙ってしまった。 何か思うところがあるのだろうか。わたしたちは散策路を一周して、 先ほどスコーピウスのお父様がいらっしゃった、白薔薇と青薔薇の絡みついた 可愛らしい東屋に戻ってきた。 もう、お父様は家にお帰りになったようだ。
「座ろうか」スコーピウスはそう言って、私の返事も待たずに東屋の中にあった ベンチに腰掛ける。 私も同じようにすると、ほのかに薔薇の香りがした。
「ローズは、ご両親の恋の話って聞いたことがあるかい?」
「恥ずかしくて本人には聞けないわよ。だけど、ハリーから色々聞かされたから 無駄に詳しくなってしまったの」
「アルバスのお父様だね。ミスター・ポッターはなんて?」
「普通よ。父の方が母に惹かれていて……、とか、僕との仲を疑って喧嘩したりしただとか」
「微笑ましいね」
「スコーピウスは聞いたことあるの?」
「ないよ。ないんだけど、『グリフィンドールの令嬢だけはやめておけ』って言われたことがある」
「そんな! じゃあわたしと仲良くしているのは、お父様、お嫌なのね」
「いや、そうじゃないんだ。そうじゃなくて、『辛いから』って」
私は息を呑んだ。それは、お父様ご自身が辛かったからなのだろうか。
グリフィンドールの、誰と?
「父は絶対に昔の恋の話はしないんだ。まあ、柄じゃないっていうのもあるんだけど、 でも母が茶化して聞いてみても、頑なに言わないらしい。 だけどね、父がすごく大切にしてるものがあって、僕はそれが、 昔好きだった人、もしくは、付き合っていた人からもらったものじゃないかと思う」
スコーピウスは一気にそこまで言って、また黙ってしまった。 言っていいものか、迷っているようだった。
「君のお母様は、栞、持ってないかい?」
「しおり? 本に挟んでおくものよね。持ってるわよ。 銀盤の、切り絵みたいになっていて、白い薔薇が一輪あしらってあるわ。」
私のその言葉を聞いて、スコーピウスはやっぱり、と呟いた。そしてそのまま続ける。
「僕の父もね、持ってるんだよ。君のお母様と多分同じ、でも薔薇の色は青」
「本を読んでるのか、栞を見てるのか、わからないときがあるんだ」
「いつも手にとって、クロスで拭いて、大事に使ってる」
スコーピウスはどんどん言葉を重ねていくが、私はついていくので精一杯だった。
スコーピウスのお父様と、母さんが、恋仲だった?
「この東屋も、父の希望で作ったんだよ」
秘所を蹂躙
そんなこと知りたくなかった
おしまい

カクは、攫っちゃえば? とカリファが事も無げに言ったことを思い出していた。騒ぎ立てる家族もいなんだし、と。
静かに寝息をたてる彼女のやわらかい髪を、起こさぬようそっと掬いながら、犬猫じゃあるまいし、とカクは思う。窓から差し込む月明りが彼女の肌を青白く見せていて、規則正しく膨らむ胸の動きがなければ、精巧な人形のようにも見えた。夜の闇は月明り程度でも眩しく見せる。よりによって今日は満月で、カクは彼女が月明りでよく見える反面、自らも照らされるような気持ちにもなり忌々しくも思った。
仮に攫ったとて。カリファの言葉をまた反芻する。どこかに囲っておけるわけでも、かいがいしく世話をしてやれるわけでもない。任務に帯同させるなんてもってのほかだ。それなのにカリファの言葉に囚われている自分もいる。
もし。もし、何も障害がなければ、自分は彼女をどうしたいのだろう。同じ目的を共有し、共に仕事をしたいのか。はたまた、帰る家を同じくしてただ暮らしたいのか。それとも、どこにでも連れていきたいのか。考えてすぐに、自分は彼女を閉じ込めておきたいのだなと気づいた。
誰にも見せず、所有していることも隠して、傷がつかないよう、綺麗な箱にしまっておきたい。その箱を毎日開けて、たっぷりと愛でたい。箱を開けられるのは自分だけ。開けて、愛でて、しまう。その繰り返し。
「すばらしい」
彼女がはっきりとそう口にするので、どくん、と心臓が跳ねる。それでも微動だにせず、静寂を守り切ったのは訓練の賜物だろう。彼女のそれは寝言だった。額にうっすらと汗がにじんでいる。彼女を覆っているタオルケットをそっとはぐと、フリルがあしらわれドレープがたっぷりとしたネグリジェに身を包んだ彼女の肢体が露わになった。籠っていた湿り気のある熱がカクの肌を撫でて霧散した。
彼女が纏っていたのは、普段の彼女の装いからは想像できない女性らしいデザインで、しかもかなり薄手だった。色々な部位が透け、また、浮き出ている。思いもよらぬ刺激にカクはごくりと唾を飲む。当の彼女は、寝苦しさが和らいだのか、ふう、と大きく息を吐き、また規則正しい寝息に戻った。
やめておけ、という声が頭に響いているのに、カクは上下する彼女の胸元へそっと指を伸ばす。指一本。それだけ。と己に言い聞かせ、胸の頂きを彩る部分をくるりとなぞった。最初はふわふわと柔らかかったそこの中心は、すぐに摘まめるほど固くなり、カクを喜ばせた。薄布越しに、かりかりとひっかくようにすると、ふあ、だの、あう、だの声にならない声をあげる。指一本だけ、と思ったはずなのにすぐに撤回して、親指と人差し指で摘まんで弄ぶと声はさらに大きくなった。
「んああ……、ぁ、ああ……」
開いた口からさらにだらしない声が漏れる。彼女は身を捩ったり手で胸を覆うなどの抵抗らしい動きを見せずカクにされるがままだ。自分の指を受け入れているように見える彼女。勘違いだろうがカクにはそれでよかった。もう、やめよう。もう充分だ。彼女はこのままここに──。
「しゃ、ちょぉ」
それは指を離した瞬間だった。
微かに、だが確かに、カクの鼓膜は震えた。彼女に恋人はない。それは間違いない。が、この言葉の、いや言葉未満の二音が何を意味するのかは彼女にしかわからない。カクは暗い天井を仰ぐ。先ほど積み上げ終わったはずの理性が、ガタガタと崩れ落ちていくのが分かった。
カクは、先ほどよりずっと汗ばんでいる額にはりついた彼女の髪にそっと触れた。さきほどよりもずっと慎重に。そして、触れたか触れないかわからないくらいの儚い口づけをした。もちろん彼女は気づかない。喘ぎもしない。彼女にとっては、これまで何事もなく超えた幾度の夜と同じ夜だった。
「箱を、用意せんとな」
彼女のためにあつらえる。綺麗で、あたたかくて、頑丈な、秘密の箱。
彼女に伸びるカクの両の手が月明りで照らされても、カクはもう怯まなかった。
title by icca
おしまい