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群舞 #カク #パウリー #ルッチ

 その人は、空から降ってきた。その人は、ハトの群れの中現れた。その人は、眩しい笑顔で笑った。その人は、友達の友達だった。

群舞

 無事に帰ってこられて良かった。
 ウカは五年ぶりに踏みしめたウォーターセブンの地を足裏で感じながら、何度も飽きずに同じことを思った。一度でいいからウォーターセブンを出て、別の島で暮らしてみたい。そんな夢をかなえたくて、えいやと島を出てみたものの、さすがはグランドライン。出るのも戻ってくるのも、どちらも滅法大変で、出来ることならしばらく放心していたかったのだが、そうもいかなかった。
 祖母と暮らしていた実家と呼べる家は借家だったので、今は別の家族が住んでいる。だから、島に帰ってきた一日目は観光客に混じって宿をとった。そのせいだろうか、確かに地元であるはずの島は、少しよそよそしく思えた。でもとにかく疲労困憊で、テイクアウトで手に入れた紅茶片手に、少しクッキーをつまんだら、そのままベッドの上で意識を失ってしまった。二日目は気を取り直して、我が城、部屋探しだ。とはいえ、予算と家具付きの部屋、という条件で絞ったら大して選択肢もなく、特に譲れないこだわりなどは無いに等しかったので、二つ目に案内された部屋に決めた。気に入らなかったらまた引っ越せばいい。マットレスは新調して、スプリングの沈み具合を確かめつつ、その日はそのまま眠った。三日目はちょっと休憩。新居の間取りに身体を馴染ませつつ、少ない荷を解いた。大事に持ち帰ってきたパウリーからのカードをそっと壁に貼る。それだけで部屋がぱっと明るく、あたたかくなるような気持ちだ。四日目は食器やタオル、下着などの細々したものを買い足しがてら、少し街をぶらついて好みに合いそうなご飯屋さん、カフェなどのあたりをつける。

 そして五日目。ウカは噴水広場にいた。
 海と空との境界が曖昧になる水平線を一望できるこの噴水広場は、子供の頃からずっとお気に入りの場所だった。島で唯一の、と言っても差し支えない。造船島は裏町より高い場所にあるから、より一層、綺麗な青が見える。今日は天気も良く、風も穏やかで、大橋に続く階段の近くには、公園から飛んできた、たくさんの真っ白なハトが、誰かが撒いたパンくずをついばんでいる。平和な光景に自然と顔に笑みがひろがっていく。
 もう一度、雲一つない空と、波一つ立たない海に目を向ける。白が邪魔することのない無限の青。視界の限りがすべて青だった。

ウカ? ウカじゃねえか?」

 背後からの懐かしい声に反射で振り向く。

「パウリー! 連絡しなくてごめん。帰ってきたばっかりでバタバタしてたから」

 そこにいたのは予想通り、パウリーだった。家族もとうになく、この島を五年も離れていた私に、こんなふうに声をかけてくるのは、もうパウリーしかいない。
 顔の前で両手を合わせながら肩をすくめると、パウリーは「無事に帰ってこられたんならよかった。元気か? どっか悪くしてねえか?」と目まぐるしく、安堵と心配を行ったり来たりした。
 予想外だったのは、パウリー一人じゃなかったことだ。
 「船旅は大変だったけど大丈夫」と親指を立てながら、パウリーの隣にいる黒髪の男の人をちらりと盗み見る。シルクハットを被った彼はさっきまでの私のように、パンくずをせっせとついばむハトたちをぼうっと眺めているので目は合わない。肩にはハトが一羽、当然の顔で乗っていた。小さなネクタイを巻いてもらっているようなので、公園のハトではないのだろう。

「パウリーは変わりない?」

 本当はハトの彼が気になるところだが、ひとまずは五年ぶりに再会した目の前の幼馴染の近況を聞いてからにしよう。ウカはそう思って話を振ったのだが、パウリーは「そうだ、そうだった」と膝を打ち、「紹介するわ。こいつだよ、紹介したかった面白いやつってのは」と黒髪の彼の腕を引っ張ってくれた。そこで初めて目が合う。肩にハトを乗せた彼は、にこりともしなかった。

『おれはハットリ。こいつはロブ・ルッチ。ルッチでいい』

 ハトが喋った。羽を器用に動かしながら、自分が乗っている男の人のことも紹介してくれる。

「え? パウリーは、ハットリ……さんと、ルッチさん、どっちと友達なの……?」
「どっちかって言えばルッチだな」
『おれにさん付けはやめてくれ。ルッチをよろしくな。ポッポー』

 差し出されたハットリの羽と、ルッチさんの手とでそれぞれ握手をする。ルッチさんの手を握りながら「ウカです。よろしく、ルッチさん」と挨拶をしてみるが、ルッチさんは表情筋をぴくりとも動かさなかった。ちょっと怖いくらいだったけれど、握ったその手は温かかったし、表情に反して私を拒むような素振りは一切なく、むしろ、ぎゅっと優しく、でも、しっかり握り返してくれたので安心した。

「もう一人、紹介したいやつがいるんだけどよ。珍しいな、遅れてくるなんて」

 パウリーが広場の時計を見るのとほぼ同時に、

『あ』

 ルッチさんが空を指差すので、私もつられてその指の先に視線を向ける。

「えっ!?」
「お、きたな」

 人が、空にいた。最初は鳥かと思った。でも、段々とシルエットがはっきりしてきて、空にあるそれが人だとわかる。
 空からやってきたその人は落ちてきた、とも言えるかもしれない。けれど、落ちるそのスピードも自分の意のままにしているような、不思議な光景だった。ハトたちが群れるその真ん中にふわりと音もなく着地する。すらりと降り立ったその体躯から「彼女」ではなく「彼」だとわかった。それまでせっせとパンくずをついばんでいたハトたちは、彼が一歩足を踏み出すと、今さら彼の存在に気づいたみたいで、彼の着地からワンテンポ遅れて慌てて飛び去っていく。
 彼は、飛び立つハトの中をゆっくり、でも軽やかな足取りで向かってきた。目深に被った白い帽子で目元は見えなかったが、口元からは笑みが覗いた。ハトはまだ飛び去り続けている。
 そして、最後の一羽が空に舞ったのと同時に。

「待たせたの」

ハトの中から現れた青年が、太陽を浴びながら口を開いた。
 心臓がどくん、と跳ねる。

   ◆

「いやあ、すまん。遅くなった」
「カクが遅れるなんて珍しいじゃねえか。何かあったのか?」
「子猫が木から降りれんようになっとってのう。下ろしてやって、木のそばでおろおろしてたお姉さんが、その猫を飼うっちゅうから、ちょっと立ち話を」
「うわ」
『後半は余計だ』
「なんじゃ、僻みおって。悔しかったら猫を助けてみい」

 腰に手を当てて胸を張りながら、からからと笑うその青年は、私に気づくとすぐ、パウリーに紹介を求めた。

「ところで、こちらのお姉さんは?」
「あっ、ウカです。初めまして。パウリーの幼馴染で、ついこの前、五年ぶりに島に帰ってきたの。パウリーとも今ちょうどばったり会ったところで」
「へえ、どおりで見ない顔じゃと思った。わしはカク。よろしく」
「よろしく」

 ルッチさんと違って、カクさんは表情豊かに身振り手振りもまじえて、よくしゃべった。丸い目と長い鼻と、おじいちゃんみたいな話し方には一瞬面食らったけど、ハトが喋りだすほどではなかった。でも、「パウリー、さては隠しておったな? こんなにかわいい幼馴染がいるなんて初耳じゃ」なんて言うから、やっぱりびっくりした。
 空から颯爽とやってきて、飛び去るハトの群れの中から現れて、屈託のない笑顔を向けられて。なんだろう、さっきから。心臓が全然落ち着いてくれない。落ち着け、落ち着け、と思うほどに、動悸が耳にまで届いてくるようだ。

「じゃあ、せっかくのご縁に感謝して。これからわしと食事でもどうじゃ?」
「え!?」
『いや、おれと行こう』

 とどめのようなお誘いの二連撃に、心臓が悲鳴を上げる。

「はぁ!? お前ら急にいくらなんでも」

 パウリーの抗議めいた制止に二人はにやりと口角をあげた。

「『パウリーの恥ずかしい話を聞かせてもらおうかと』」
「余計見過ごせねえ!」

 二人は私の返事なんかお構いなしに、連れ立ってさっさと歩いて行ってしまう。店を変えよう、あっちに新しくできたカフェのランチメニューが良さそうだった、と相談を重ねる二人を、パウリーが「おい! 勝手に決めてんなよ!」と追いかけた。その場に置いていかれる形になった私も慌てて駆け出し、二人の後ろについたパウリーの肩を後ろに引き寄せて、二人から少しだけ距離を取る。

「ねえ、パウリー」
「あァ?」

 さっきから、心臓が。

「私の髪、変じゃないよね? 服も」
「……いつもと変わんねえよ」

 島に帰ってきて五日目。友達の友達と、友達になった。あと、恋もしたみたい。

「で、どっちだ?」
「……まだ秘密!」

初恋だ。
おしまい


 

夢小説,長編・連作,ONEPIECE,夏という月日 3662字 No.72 

ただいま #パウリー

 『面白いやつらと友達になったんだ。帰ってきたら紹介するから、ちゃんと連絡しろよ』

 私たちはいつも隣にいたから、電伝虫なんて使ったことがなくて、電伝虫越しにはじめて聞くその声は、遠い、知らない人の声みたいでちょっと緊張した。
 五年振りなのに、昨日も一緒に遊んだみたいな口ぶりだった。

ただいま

 私の夢は一度ウォーターセブンを出て、別の島に住んでみることだった。旅や冒険というほど、あちこちの島に行ってみたいわけではなく。ただ、海の上を走る海列車を初めて見たとき、「私はどこへでも行けるのかもしれない」と思ったから「いつかどこかへ行ってみたい」と思ったのだ。海列車で行ける島にはあまり興味がわかなかった。そのうち、旅人が集まる島があると聞いて、そこに行ってみたいというのが夢になった。
 両親はとうの昔に亡くなっていて、一緒に暮らしていた祖母も亡くなって、私は十九歳になるところで、私はひとりぼっちになった。もう私を心配する人はいない、と思ったら、とてつもない悲しさと、罪悪感とほんの少しの自由を感じてしまった私は、ひどい孫だろうか。祖母はとても私を慈しんでくれたけれど「育ててもらっている」という負い目が、本当に時々、一瞬だけ、私をがんじがらめにすることがあった。祖母をがっかりさせたくない、悲しませたくない、と生きていた。それなのに祖母は「好きなことをしなさい」とお金を貯めていてくれて、私は泣きながらそれを夢の島への片道切符にした。

 私とパウリーはなんで友達になったのかな、と今更ながらに考える。
 お隣だったから。それ以外に考えられない。
 私たちが小さな子供だった頃のウォーターセブンは、朧気だけど、でも覚えている。大人の男たちは大半が酒浸りで、生気を失い、道の至る所に転がっていた。暴れたり、怒鳴ったり、ということはあまりなかったが、大人の女たちは、そんな男たちを刺激しないように息をひそめていたと思う。みんな、誰も悪くないのを知っていた。でも、だからこそ誰も何も責められなくて、辛かっただろう。
 もちろん、いい大人たちもいた。でもいいニュースはなかった。会社がつぶれた、海賊が来た、海に出た大人たちが帰ってこない。子供は大人たちの顔色をうかがって過ごしていた。息を殺して、はしゃがぬよう。大人たちがいないところでだけ、息が吸えた。パウリーとは、あの頃をそういうふうに過ごした。母親や祖母に倣って、そうっと。ある時は手をつないで、道に転がる男を起こさないよう、抜き足差し足で通り抜け、ある時は、酒瓶を片手に涙ぐみながら、訳のわからないことを喚き散らす男から、走って逃げた。逃げおおせた路地裏で、声を殺して笑った。

 そんなすべてをぶっ壊してくれたのが海列車だったのだ。
 危なくて汚くてごちゃごちゃしていて、それでいてまるで活気のない廃船島にはそぐわない、明るい汽笛を鳴らして発車した海列車は、島に立ち込めていた暗雲を見事に吹き飛ばしてくれた。大人たちの明るい顔は私たちの息を楽にした。

 パウリーからは、島を出てすぐ、まだ私が船に乗っている頃にカードが一枚届いた。『ちゃんと帰って来いよ』と一行走り書きしてあるだけだったけど、カードを買って、書いて、ニュース・クーと交渉し、まだ海の上にいる私に届くよう手配するのは、間違いなく手間だったはずだ。私も憧れの島に着いたらすぐにカードを送った。『着いたよ』と。それ以来、カードは届いていない。
 パウリーには私よりずっと、気が合う友達がきっと、いるはずだと思っていたから、それならいいなと思っている。

   ◆

 今日は嫌な一日だった。
 真昼間から酔っぱらった海賊に絡まれ、卑猥で下劣な言葉を浴びせられた。たったそれだけ、と思う人もいるかもしれないけれど、「私は」心が凍る気持ちになる。こんな人間に自分の一日の気分を支配されるのは悔しくて、腸が煮えくりかえる。でも、私にはこいつの口を塞ぐ術はない。怒りで引き攣る表情筋をなんとか御して笑顔を貼りつけ、当たり障りのない言葉で受け流していく。
 そうして心も体もへとへとになる辛い労働を終え、気分を変えよう、と帰り道で入ろうとした店はどこも満席か臨時休業だった。極めつけはテイクアウトの品を間違えられるというフルコース。

「ピクルスが食べたかったのに……」

 なんで抜いてあるの。
 思わず口をついて出たクレームは、幸い自分一人しかいない部屋に虚しく響くだけだった。さして大きくもないテーブルが今日はやけに大きく感じる。行儀悪く肘をつき、一口齧ったサンドイッチを見つめていたら、鼻がツンとしてきて視界がぼやけてきた。こんなことで、くだらない。思いながらも、目の縁にじわじわと涙が滲んでくる。はあもう、今日は駄目だ。すべてを放り投げてふて寝してしまおうかと思ったら、そんなタイミングで電伝虫が呼び出し音を鳴らす。ついてない。

ぷるぷるぷるぷる、ぷるぷるぷるぷる。がちゃ。

「……はい」
『おう、ウカ
「ぱ、パウリー?」

 電伝虫から五年ぶりに聞こえたパウリーの声は、記憶とすぐに結びつかなくて、最初は本当にパウリーなの? と訝しんだ。だけど、そうか。そもそも電伝虫で話すのが初めてだと気付く。電伝虫を通したパウリーの声は低く、少しくぐもって聞こえ、久しぶりに話す緊張もあって身構えてしまう。受話器を持つ手に力が入った。

「びっ、くりした」
『おう。なんか下がってんな。どうした?』
「びっ……くりした」

 なんでわかるんだろうと首を捻りながら「サンドイッチにピクルスが入ってなくて」と五年ぶりの話題にしては取るに足らないありのままを伝えたら、『そりゃあ、つまんねえな』と心から同意してくれたのが分かった。ふふ、と思いがけず笑みがこぼれて、力が抜けていく。パウリーがそれを耳聡く聞きつけて、「何笑ってんだよ」と唇を尖らせた。
 『元気してたか?』『仕事は?』という近況を尋ねる無難な質問に、「元気、元気」「定食屋さんと、たまに酒場に入って食いつないでるよ」と、こちらもありきたりな答えを返す。

『おうおう、かけもちか。たくましいな』
「もう、ひとりだからねえ」

 他意なくそう告げると、少しの間があった。あ、パウリーが困ってる。
 すぐにわかってしまって、聞こえないように「ごめん」と謝った。

『そうだ。失恋は?』

 パウリーは思い出して、思いつくまま問うてくる。懐かしいなと口許が緩んだ。ちょうど島を出る頃だったはずだ。「失礼にも程があるね」と応じておいて、「期待に添えなくて申し訳ないけど、恋もまだしてないよ」と進捗を報告した。

『なんだ。新しい島なら、いくらでも出会いがあるだろ』
「そりゃあ、全然知らない人ばっかりだからね。そういう意味では出会ってはいるんだろうけど、そうだなあ。恋をしなくても毎日が楽しくてここまできちゃったから」
『あァ、それはわかる。おれもガレーラに入ってから今日の今日まで、毎日全部ずっと楽しいわ。そうそう、面白いやつらと友達になったんだよ』

 紹介するから帰ってきたらちゃんと連絡しろよ、と念を押すパウリーは、嬉しいことにまだ私と友達のつもりみたいだ。

『早く帰って来いよ』
「え?」
『ひとり、だなんて下らねえこと言ってねえでよォ。さっさと帰って来いよ。もう五年経つぞ。おれァ、心配だよ』

 パウリーの言葉は、そのままだった。そのまま、言葉通りの意味しかない。昔からそうだ。私のことを心配してくれる人は、まだいたんだな。私が帰らないと、心配する人がちゃんといた。 そう思ったら、さっき乾いたはずの涙がまた押し寄せてきて、慌てて片手で乱暴に拭う。

「うん、帰るよ」
『おう、おけえり』

 一通のカード。一本の電伝虫。どちらも『帰って来い』の言葉だけ。
 でもそれはこの世界で「愛」と呼んで差し支えないもので、パウリーはそれを私に惜しみなくくれるので、私はまだ「ただいま」と言うことが出来る。
おしまい


 

夢小説,長編・連作,ONEPIECE,夏という月日 3317字 No.71 

病めるときも健やかなるときも #パウリー

 それはまるで愛の告白のよう。
 パウリーはなんにも恥ずかしがらずに「おう」と言ってくれた。

病めるときも健やかなるときも

 パウリーは少し前から恋をしている。多分、初恋だと思う。パウリーが「恋をした」と律義に教えてくれたわけではない。ただ、店先のショーウィンドウに自分が映るたび髪の毛が整っているか気にしていたり、汗臭くないかと聞いてきたり、この服は変じゃないかと不安そうにしていたりするので、恋をしたのかなと勝手に想像しているだけだ。そして、そんなパウリーを見るのは十年以上一緒に過ごしてきて初めてなので、初恋かなと思っている。ちなみに相手は私ではない。でもそれは全然悲しくない。もちろん、負け惜しみでもない。本当に。
 私とパウリーは家が隣で、でも、同じ年頃の子供は私たちしかいなくて、幸いどちらも外遊びが好きだったので「一緒に遊ばない」という選択肢がなかった。だから一緒にいたのだが、思っていたよりも気が合い、というのもあるし、正直に言えば断絶を決定づけるようなドラマチックな喧嘩なども起きず、結果としてゆるゆるとした付き合いが今も続いている。
 パウリーが恋をしたのは、角の煙草屋のお姉さんだ。先代のおばあちゃんがお店を閉めようかというその時に、サン・ファルドからやってきたお孫さんで、大層美人で気さくだった。あっという間にファンクラブのようなものが出来、意外や意外。パウリーもその一人(隠れ会員)となっていた。
 私はこの時まで、パウリーが恋の出来る人間だなんて思ってもいなくて、結構かなり動揺した。私たちは十八歳。恋の一つや二つしたっておかしくはない。私が動揺したのは、パウリーの恋の仕方だった。彼がこんなに密やかに、人を想えるとは知らなかったのだ。
 でもそれもあっけなく終わった。

「パウリー、こんなところにいたの。急に走りだすんだもん。びっくりしたよ」

 だいぶ探し回ったんだよ、と息を整えながら、私はパウリーの横に腰を下ろした。白い石で出来た大橋の階段は春の陽射しで少し温まっていた。パウリーは無反応だ。黙って海を見ている。並んで座った私は、そっとパウリーの横顔を盗み見るが、長めの金髪が目元を覆い隠すその合間から整った鼻筋が見えるくらいで、表情は窺えなかった。パウリーは存外、彫りが深いのだ。視線がまっすぐ海をとらえていることだけはわかる。今日の海は春の日にふさわしく穏やかで、太陽を反射させてキラキラと輝いていた。
 突然、潮風が階段を這うように下からぶわっと吹き上がる。「うわ」と二人で目をつむり、顔を腕で覆うようにして風を受けた。髪の毛が舞い上がる。風がおさまって「すごい風だったね」と横のパウリーに話しかけて、私はそのまま言葉を失った。
 パウリーは涙ぐんでいた。目も鼻も赤い。でも決して、しゃくりあげたりはしない。じわっと涙が滲んでいて、一回だけスン、と鼻をすすった。私が差し出したハンカチを無言で受け取って、それで目と鼻を押さえる。
 パウリーはもっとわかりやすく傷つく人間だと思っていた。「うるせえ」とか「ちくしょう」とかそういう暴言を吐きながら、わんわん泣いて「くそ」とか「笑ってんじゃねえ」とか喚いて、でも最後には「ああすっきりした!」と。そういう男かと。
 でも目の前の彼はそんなことなかった。真逆だった。静かに呆けて「お似合いだったな」と殊勝な声を出す。

 今日発覚した煙草屋のお姉さんの「好い人」は、このあたりの人間なら知らない人はいない有名人だった。彼は小さな私たちにとっても、頼りになるお兄さんだった。背が高くて、目鼻立ちがはっきりしていて、顔が小さくて、引き締まった身体で、笑うとえくぼが出来て歯が白く輝く。かっこいい人だ。でも、パウリーが言っている「お似合い」はそういうことじゃない、というのも私は知っている。
 彼はとても親切で感じのいい人だ。人の悪口は言わないけれど、傷ついた人には心から寄り添える人で、目の前の人が泣いていたらおろおろとして、なんとか元気を出してもらえないかと苦心する。
 そんな二人がいつから惹かれあっていたのかは、私たちのあずかり知らぬことではあるが、歳の釣りあいのとれた近所の男女がこうなるのは必然だったかもしれない。

「パウリーだってお似合いだよ」

 年がなあ、とだけ心の中で呟いた。私たちが十八歳でなければ、お姉さんだって、パウリーを恋愛対象にしてくれたかもしれない。
 パウリーだって、背は高いし、ちょっと目つきは悪いけど笑うと可愛いし、歯だってお兄さんに負けじと白い。力だってもう負けてないはずだ。船大工になるんだって、最近は特に一生懸命勉強してるし、努力家だ。明るくてさっぱりしてて、情に厚くて、すぐ絆される。まっすぐで友達思いで、好きな人が傷つけられたら自分のことのように怒ってくれる。
 十分、お似合いだ。でも当の本人からは「そんなことねえよ」と小さな声が聞こえてくる。

「私はパウリーのいいところたくさん知ってるよ。お姉さんがそれを知らないままなのは本当に残念だ。もちろん、お兄さんもいい人だけども」

 そう。お兄さんもパウリーと同じくらい、いい人だ。それも知っている。
 結局こういうのはタイミングなのかもね、とまだ恋を知らないくせに、恋を知ってる大人みたいな台詞を頭の中で吐いてみる。

「恋はパウリーに先を越されちゃったな。私はいつになることやら」

 ひとまず様子見のジャブを打つ。パウリーは間髪入れず打ち返してきた。

「おれはもういい。なんつうか、自分のことなのに、自分じゃどうしようもできねえのが、しんどくて辛かった。気持ちを伝えようとも思えない自分も情けねえし。なんかもう嫌だ。なのに嫌いになれない。わかんねえ」

 パウリーの独白はとても悲痛な響きを伴ったものだったが、クゥークゥーと鳴くカモメと波の音に少しかき消されたので、私は目にぐっと力を入れて息を吐くことで、涙をこらえることが出来た。今日が晴れていて、雲一つない青空だったのも良かった。静かな夜の海だったらきっと涙を落としてしまっていたと思う。パウリーの戸惑いや、もどかしさ、やるせなさはすごく伝わってきたのに、私にはどうしてあげることも出来ないのが悔しかったから。
 私の眉が八の字になったのを見たパウリーは慌てた様子で「悪ぃ。なんか、急に。ずっと辛かったわけじゃねえから」と弁解するように言った。パウリーの気遣いに応えねばと、私はふっと笑んで「楽しそうに見えるときもあったよ」と茶化してみる。

「あァ? そんなにわかりやすかったかよ」
「窓ガラスに映るたびに髪を直したり、汗臭くないか? って聞いてきたり、この服おかしくないかって気にしたりしてたじゃん」

 初恋真っ最中の自身の様子を私に一息で告げられたパウリーは、二の句を継げず口をぱくぱくさせるので、それがまた可笑しくて笑った。
 もう一度、風が吹く。でも今度の風は、さっきよりずっと穏やかな、そよそよとした春風だった。
 パウリーが「ありがとな」とさっき手渡したハンカチをひらひらさせ、「洗って返す」とポケットにしまい込んだ。パウリーの目元はもう濡れていない。そよ風が乾かすのを手伝ったのかもしれない。

「ずっと友達でいようね」

 何気なく言ったつもりだったけど、なぜか愛の告白みたいに聞こえ、咄嗟に口を覆う。恐る恐るパウリーの方を見やると、パウリーは思っていたよりずっと真面目な顔で、そのまま「おう」と答えるので私はまたびっくりする。

「失恋したら慰めてやるよ」
「ちょっと待って。失恋は確定してるの? 初恋がそのまま成就するかもしれないじゃん」
「一回くらいは経験しとけって。人間的な深みが出る。おれがいい見本だろ」

 どうだと言わんばかりの顔をしたパウリーの軽口に、お腹を抱えて笑った。これまで何度もそうだったように、口を開けて、歯を見せて、大きな声で、目に涙を滲ませて。

 私は明日この島を出る。
 だとしても、月日が私たちの友情を邪魔することはない。パウリーの短い返事には、そう確信できるすべてが詰まっていた。
おしまい


 

夢小説,長編・連作,ONEPIECE,夏という月日 3378字 No.70 

偽証 #パウリー

 会いたいとただ一言、言ってくれたら。

偽証

 今回のアクア・ラグナによる町の被害は、アクア・ラグナ慣れしていたと言っても過言ではない島の人々も、呆然と立ち尽くすほかない有様だった。これだけの被害だったのに人的被害がなかったのは不幸中の幸いで、それゆえ、島にはさほど重苦しい空気は流れずに済んだ。「さあやるか」と、みな黙々と瓦礫を撤去していく。
 ガレーラカンパニーの職人たちが手助けしてくれたのも大きかった。どやどやとやってきてくれたかと思うと、あっという間に道が通れるようになり、新しい橋が渡されていく。行き来できるようになった水路に少しずつヤガラが増え、ニーニーと鳴き声が聞こえるようになった。無駄のないプロの活気に満ちた仕事ぶりは、雲一つない青空も相まって、見ていて気持ちがいい。
 とはいえ、天下のガレーラカンパニーにも限界はある。復興に向けた大体の道筋を立ててもらったら、あとの細かい作業は各々で取り組むほかない。私も漏れなく、自宅の片づけに精を出している。もう住むことのない部屋の片づけだ。

「派手に浸かっちまったなあ」
「パウリー!?」

 ドアが流されたため、今はただの四角い穴と化した元ドアから、パウリーがひょこと顔を出す。「仕事は大丈夫なの?」と驚きながら問うと、「これも仕事みてぇなもんだよ」と足元に転がっていたマグを拾い上げ、まだ使えるか、欠けはないかとカップの縁に指を伝わせた。私が、「悪いよ」「忙しいでしょう?」「そういえば怪我は?」「少しは休まないと」とおろおろしているうちに、「残念だったな、こりゃ駄目だ」とあっさりマグの査定が終わった。
 パウリーは結局、私の遠慮や質問に応えることはなかった。挨拶もそこそこにスコップを手に取ると、部屋の中の泥をかきだし、それが終われば床や壁や天井を水で清め、部屋に散らばったさまざまなゴミをてきぱきと分類して外に運び出し、最後はひとところにまとめてくれてしまう。狭い部屋と少ない家財が功を奏して、ぎりぎり夕暮れ前にひと段落ついた。一人では絶対にこんなに早く終わらなかっただろう。
 腕を頭の上にうんと伸ばしながら二人で部屋の外に出た。パウリーよりは絶対に働いていない背中が、それでもぼきぼきと悲鳴を上げる。傾き始めた日が水路に反射してきらきらと眩くのを見ながら、「細けぇとこはまた明日だな」とパウリーが今日初めて葉巻に火をつけた。その様子に、葉巻も吸わずにずっと作業してくれていたのだと今更気づいた。
 家壁にもたれながらゆるゆると座り込むパウリーの隣に私も腰を下ろす。石畳は冷たかった。秋めいた風がすうと二人を撫でていき、葉巻の煙がゆらりと攫われていく。近所の人は早めに作業を終えたらしい。周囲に人気はなく、まるでここには私とパウリーしかいないような気持ちになって、なんだかふと昔のウォーターセブンを思い出した。子供の頃、海列車が出来る前のウォーターセブン。パウリーと手をつなぎ、息を殺して歩いた石畳を。

「職場も浸水したんだったか?」

パウリーの問いかけに、はっと我に返る。

「そうなの。まあ、家に近い職場を選んだから当然なんだけど。部屋も仕事も、どっちもひとまず決めたって感じだったから、この機会にまた探すよ。幸い、市長は被災者への手厚い支援をすぐ決めてくれたみたいだし。とはいえ、ひとまず落ち着くまでは、セント・ポプラにいる叔父のところで厄介になろうと思ってるんだ。実は、前から連絡もらってて」

 別に慌てる必要はないのに、なんだか早口になってしまった。
 軽く頭を振って、水路とその向こうの路地を見る。水路の水はまだ濁っていて、路地にはごみになってしまった家具や家財、瓦礫が積んである。

 私の言葉に、パウリーは意外にもちょっとだけ目を見開いて相槌も打たなかった。少なくとも寝る場所はあるから心配しないでと、そういう意図で伝えたつもりだったので、パウリーの反応は不思議だった。煙をふうと吐くくらいの間をとって、「叔父さんが……。そうか。それなら……安心だな」と口にした言葉とは真逆の表情で呟くパウリーに、まさかと思いながら、念のため確認する。

「あの……ちゃんと戻ってくるよ? ちょっとの間、家が見つかるまでだよ」
「なんも言ってねえだろ」
「いや、だって。あんまりにも寂しそうな顔で言うから」

 パウリーは誤魔化すように、がしがしと頭を掻いたかと思うと、咥えていた葉巻を手に取って、ぼそぼそと小さな声で話しだす。聞き取りづらかったけど、頑張ったらちゃんと聞こえた。

「……こうやって、馴染みがどんどんいなくなんのかなって思ってよ」

 馴染み、にはカクさんやルッチさんのことも含まれているのかとは、わざわざ確かめなかった。代わりに「私はずっとここにいるよ。この島が好きだもん。外に出たら一層、そう思ったよ」と気持ちをしっかり言葉にする。パウリーがこれで安心するのかはわからなかったが、パウリーは「そうか」と弱々しい微笑を浮かべた。
 話題を変えよう、と思いついた話題は、さっき口にするのをやめたばかりの話題で、この場、このタイミングにはあまり相応しいと言えなかった。

「カクさんとルッチさん、ほんとにただの里帰りなの?」

 最大限、ただの世間話に聞こえるように努めたつもりだ。効果はたぶんない。
 パウリーは一転、ぶっきらぼうに、以前から何回聞いても変わらない「知らねえ」をまた繰り返した。日はもう沈んで、空は激しい茜色から穏やかな薄桃色に変わっている。段々とパウリーの顔が見えなくなってくる。私はせめて空気は変えようと、無理に明るい調子で返した。

「そう。パウリーでも知らないんじゃ、もうどうしようもないか。それにしても急だったね。私には挨拶もなかった。まあ私なんてついこの間知り合ったような仲だったから、仕方ないけど」
「カクもか?」
「パウリーに挨拶しないのに、私にするなんてこと、ないでしょ」

 本当はぎくりとした。実を言えば「あれ」がもしかしたらそうだったのかも、というのはあるにはある。
 アクア・ラグナに備えて避難していたらカクさんが避難所に顔を見せてくれたのだ。久しぶりの避難に手間取ってしまい、避難所入口近くのスペースで縮こまっていたら、聞き覚えのある声が上から降ってきた。『地元っ子じゃろ? そんなに震えてどうしたんじゃ』と。
 少し話をして、そしたら避難所の明かりが急に消えて、そしたら──……。明るくなったら、カクさんもいなくなっていた。
 刹那の暗闇での「あれ」が別れの挨拶だったのかもしれないが、真意はカクさんに聞くか、別の人にあらましを説明して意見を聞いてみないとわからないくらい、自信がなかった。でも、じゃあ例えば、パウリーにどこからどこまで伝えて、どこから伝えないか。私には咄嗟に判断できなくて、つい「何もなかった」ことにしてしまう。それを聞いたパウリーは「そうか。いや、急だったからな」と私を一生懸命慰めてくれた。ずき、と胸が痛む。あばらが軋むみたいだ。

「会いたい?」

 自分の罪を少しでも軽くしたくて、うっかり必死になってしまう。

「あァ?」
「また、会いたいよね?」

 会いたいとただ一言、言ってくれたら。
 カクさんは今、セント・ポプラにいる。ルッチさんは怪我で入院中らしいから、すぐには動けないだろう。明日でも明後日でも、海列車に乗ってしまいさえすれば、会って話せる距離にいるのだ。 カクさんは自分たちがセント・ポプラにいることは、パウリーには内緒にしてほしいと言った。あれは懇願だった。パウリーは自分達には会いたくないはずだと。察するに、カクさんとルッチさんは、もしかしたら去り際、パウリーに何か酷いことをしてしまったのかもしれない。誤解だったのか、何かすれ違いがあったのかわからないけど、あまりに時間がなくて弁解できなかったのかも。パウリーをこんなふうに怒らせるなんてよっぽどのこととは思うけど、でも二人がわざと、悪意をもってひどいことをするような人達だとは思えなかった。何よりパウリーの友達だ。何か、お互い勘違いしてるんじゃないかな。
 パウリーが会いたいなら、嘘は。

「あいつらはおれの顔なんてもう見たくねえだろうよ」

 なんで、という言葉はすんでのところで飲み込んだ。
 なんで、二人とも同じことを。

「パウリーは、もう会いたくないの?」

 縋るような問いになる。
 日は完全に落ちて、夜風といって差し支えない冷たさの風が、音もなく肌を撫でていった。パウリーは黙り込んでいる。追い詰めてしまったと反省し、ごめんと謝ろうとしたところで、「わかんねぇ」とくぐもった声が聞こえた。それを聞いた私は、本当にごめん、と心から反省する。パウリー、ごめん。

「三人に何があったかも知らないのに、勝手にごめん」

 パウリーの声には、はっきりと辛さがしみこんでいた。

「言いたいことも、聞きたいこともある。けど、もう今更だっても思う。忘れたいのに、ふと思い出しちまう。こんなのはもう嫌だ」

 既視感を覚えた。
 心臓をぎゅっと握って絞り出したようなこの悲痛さを、自分で自分をどうしようもできない辛さを、私はすでに誰かに教わった気がする。何も言えずに黙っていると、パウリーがゴーグルを外して、後ろに撫でつけていた髪をばさばさと乱暴にほぐした。パウリーの横顔が髪で隠れてその瞬間、あ、と記憶がよみがえる。

『なんかもう嫌だ。なのに嫌いになれない。わかんねえ』

 初恋だ。私ではなく、パウリーの。
おしまい


 

夢小説,長編・連作,ONEPIECE,夏という月日 3957字 No.69 

望みはたったひとつだけ #カク #長編第1話

 雨降るセント・ポプラの町中で、彼の手を掴むことが出来たのはなぜだったろう。
 答えはもう教えてもらえない。

「カク、さんッ!?」
「なんとまさか」

 見つかってしまったわい、と慌てるでもなく言ってのけたのは、私たちの前から姿を消したカクさんその人だった。

望みはたったひとつだけ

 ウォーターセブンにアクア・ラグナを連れてきた雨雲がまだ近海に停滞しているのか、セント・ポプラは生憎の雨だった。みな雨に濡れぬよう、傘の中に身体をしまいこんでいる。傘と傘が行きかう道は普段よりずっと窮屈で、行き交う人の表情も傘に隠れて窺い知ることはできない。だから雨の日は嫌いだ。

 記録的な大災害となったアクア・ラグナ襲来から二日後、家をなくした私はセント・ポプラの叔父の家にやっかいになっていた。しばらくは夢の海列車通勤だ。ただ、通勤といっても、職場も被災したから目下の仕事は瓦礫の片づけということになる。もやもやと気になることが多いこの頃、考える暇なく身体を動かせるのはありがたかった。
 とはいえ、家路につくための海列車車内では、結局、時間を持て余したため、考えずにいるということは残念ながら難しかった。車窓にぶつかる雨粒が、少しずつ大きくなって下に流れては、またうまれていくのをぼうっと見ながら、ウカはパウリーのことを考えてしまう。そして「里帰りした」カクとルッチのことも。アクア・ラグナが去った後、姿が見えなくなった二人は、このタイミングで里帰りしたそうだ。変だと思っていたら、パウリーも変だった。「知らねえ」とそれしか言わない。本当に知らないなら、もっと心配するはずだ。パウリーはそういう男のはずだった。つまり、知っているがゆえの「知らねえ」なんだな、とウカは思っていた。
 この春に知り合って、数か月。パウリーのおまけのように仲良くしてもらっていただけの私は、事情を教えてもらえなくても仕方ないと諦めがついている。ただ、パウリーは。
 なぜか大怪我までしているし、「知らねえ」の言い方も気になる。あれは、怒っていた。「里帰り」間際に三人は喧嘩でもしたのか、なにか仲に亀裂でも入るような事態になったのか。カクさんとルッチさんが、パウリーと喧嘩別れ? 里帰り間際に? そんな人たちとは思えなかった。……ほらね、知らないといろいろ考える。
 この世界で、仲違いしたまま誰かと別れるのは悲しいことだ。海は広くて、簡単に人を断絶させる。人はまだこの海を、世界を、自由に行き来できない。会いたくても会えないなんてざらだ。
 もし喧嘩なら……ちゃんと仲直りできるといいな。
 間もなくセント・ポプラ、という車内アナウンスが聞こえて、ウカはもう少し落ち着いたら絶対にパウリーを問い詰めてやるとそう決めて、雨の降りやまぬセント・ポプラ駅前に降り立った。

 傘を広げながら薄く広がる雨雲を見る。どうせなら、ざあざあと降って、からっと晴れてくれればいいものを。変に明るく、しとしとと降り続ける様は見ているだけで気が滅入る。差している傘のせいで視界が狭く、すれ違う人と足元の水たまりとを避けようとすると、なかなか思うようには歩けない。早く叔父の家に帰りたい。
 それなのにどうして私は。

「カク、さんッ!?」

すれ違ったその人を後ろから呼び止めて。それだけでは足りないと、咄嗟に腕を掴んだ。
どうして私は。ほんの少しの傘の隙間から、「知らない人」にしかみえない彼を見つけてしまったのだろう。

   ◆

「なんとまさか」

 見つかってしまったわい、カクさんは私の咄嗟の行動に、慌てるふうもなく淡々と言ってのけた。反対に、私の心臓はバクバクと動悸が止まらない。咄嗟に声と手が出た、こんなの初めてで、冷静になってくるとだいぶ恥ずかしい。道行く人にも、邪魔だと言わんばかりの正直な視線を投げつけられ、慌てて数歩先の路地に避けた。
 カクさんは「て」と声を発した。「え?」という顔で応じると、ふうとため息をついて、「そろそろ、手を、離してもらえると、ありがたいんじゃけど」としっかりめの文章で言った。「あ」と慌てて手を離す。カクさんは私に掴まれていた手をプラプラと振った。

「久しぶりじゃの。といっても、二日ぶりか?」

 なんだか全然会っとらんかった気がするのう、と人懐っこい笑顔を浮かべるのは、いつものカクさんだ。でも。
 目の前の彼の姿形は私の知っているカクさんなのだけれど、着ている服と被っている帽子は真っ黒、黒ずくめだった。こんなの見たことない。そして、何故かぼろぼろに傷んでいる。口の端は切れて、血が固まっているし、先ほどプラプラと振った手の袖口からは包帯が覗いていた。イメチェン、とは思えない。目の前の彼が纏う空気は、ウォーターセブンで仲良くなった「カクさん」とは違ってみえ少し怖い。それなのに、なんだろう。こちらの方が自然で、取り繕っていなくて、馴染んでいるような気もする。

「里帰りって聞いた……。実家、東の海じゃなかった?」
「パウリーから何も聞いとらんのか?」

 カクさんは目を見開いてそのままぴたりと止まる。首をゆっくり縦に振ると、今度は呆れたように肩をすくめて、はは、と乾いた笑い声をあげる。その笑い方は、パウリーと一緒にいるときのものとは少し違って見えた。

「パウリーめ。本当にいいやつなんじゃな、あいつは」

 触れまわるような男じゃないか、と独り言ちる。お人よしにも程があるとため息をつくカクさんを見て、彼は私とパウリーより一つ年下なのに、まるでお兄さんみたいに振舞っていたなと思い出した。それはとてもしっくりきていた。パウリーは「おい、たまには先輩を敬えよ!」とどやしていたけど、あれは照れ隠しなのを私は知っている。

「カクさんだって、いい人だよ」
「わしが?」
「いい人でしょう?」
「仕事じゃったからのう」

 「仕事だから」ちゃんとしていた、という意味ではなさそうだ。では一体、なんだというのか、見当もつかない。カクさんは「はあ、それにしても、まさかこんなふうに会うとは。気まずくて仕方がない」と傘を持たぬ空いた手で頭を搔きながらぼやいている。気まずい、とはあれのことだろうか。
 ウカは、たった二日前にあった避難所での出来事を思い出していた。
 五年振りの避難に身体が竦んで震えたことを。心細く思っていたら、カクがそばにきて、話しかけてくれ、寄り添ってくれたことを。そして明かりが消えたら──……。それがカクとの最後だった。
 あれはなんだったのか、聞けずに彼は姿を消して、いまは目の前にいる。でも、つい数日前のことなのに、思い出のすべてが等しく遠い日のことのように感じた。それはきっと、いま目の前にいるカクが、ウカの知らないカクに思えるからだろう。カクの態度は、共に過ごしたこの短い夏の日々を、いともたやすく「幻だったのでは」と錯覚させる。
 ウカは、他人行儀な調子を崩さないカクに怖気づきそうになりながら、声を振り絞った。

「仕事だってだけで、あんなふうに笑えるはずない」
「そういう仕事じゃ」

 にべもない。
 ウカは拳を握ってぐっとこらえた。そして大事な質問を。

「パウリーは」
「やめてくれ」

 知ってるの、と言わせてすらもらえなかった。
 やめてくれ、と頼むその顔があまりに必死で、ウカはどうしていいかわからなくなる。
 カクはウカの言葉をかき消すように強く短く言った。その声音にはたった一声ですべてをわからせようとする強さがあり、怒鳴られたわけではないのに、つい身構える。ウカの身体が震えるのは冷たい雨のせいか。

「なんで? パウリーに知らせたらまずいの?」

 ウカはそれでも負けじと食い下がった。「なにがあったの」と問いを重ねようと口を開けたが、カクの方がそれを制すかのように先に言葉を紡ぐ。

「パウリーはわしらの顔なんか、見たくないはずじゃから」

 ウカは一瞬息が止まりそうになった。
 カクさんが眉を寄せて傷ついた顔で笑って、なぜだろう、そんな顔初めて見るのに。ウカは、ようやくカクさんに再会できた。ああやっと、カクさんに会えた。そんな気持ちになった。

「パウリーがかわいそうじゃろう。わしらに会ったって、嫌な思いするだけじゃ」
「なんで、そんなこと言うの」

そんな傷ついた顔で、とは言えない。カクさんは私の質問に答える気はないようだ。

「わしらは、まだこの島からは出れん。大人しくしとるから、どうか」

 それは祈りにも似た懇願で。帽子を取って、パウリーには言わんでくれ、と訴えてくる彼に私は何も言えなくなる。
 喧嘩したなら仲直り、でしょう?
おしまい


夢小説,長編・連作,ONEPIECE,夏という月日 3594字 No.68 

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