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あなたのお気に召すまま #パウリー
パウリーはなんというか、女性が苦手というか、免疫がないというか、妙に古臭いというか、はたまたただ単に極度の照屋さんというやつなのか、判断はし難いが、要するに女性、特に肌の露出が多い女性に対して「なんてハレンチな格好をしているんだ!」と怒鳴るような男だった。肌を露出する、つまり、肩や臍や脚を出すだけで、顔を真っ赤にして、手でその目を覆って、何でもいいから早く服を着ろと喚くのだ。服はもう着ているのに。
世界にはこんな女の子がそこかしこに溢れているというのに、パウリーはそんな女の子たちをみんな天敵としてしまっている。こんな調子でどうやって生きていくというのだろう。だから私のこれは慈善事業、ボランティア。そして彼の言葉を借りれば嫌がらせ、セクシャルハラスメントとなる。
「またお前はッ! なんで俺が来ると脱ぐんだよ! 腹を出すな!」
「最近同じことばっかり……いい加減、諦めるか、慣れるかしないの? そんなんじゃ、生きていけないでしょう」
「余計なお世話だ!」
私は造船島、よりは裏町寄りにある酒場で給仕と接客を勤める一店員なのだが、ある夜のこと、ガレーラカンパニーの職長と名高いパウリーがふらっと入ってきて、ヤケ酒と思しきものをあおっていた。多分、ギャンブルで負けが込んだのだろう。ちくしょう絶対くると思ったのに、とギャンブルに弱い人がよくいう台詞が聞こえてくる。
その様子がなんだか不憫に思えて、なんとなく声をかけ、お酒だけだと身体に障ると賄いの一皿を出してあげたのだが、それが妙に気に入ったらしく、酔って焦点が定まらないようなぼうっとしていたパウリーの目が、ぱっと見開いた。
ふらふらと危なっかしい足取りで店のドアを開けて帰路につくパウリーを見送った、次の夜。パウリーは会社の職人仲間を大勢引き連れてやってきたのだ。その時期は、どうしても店の売り上げが落ちる時期だったので、不意の売り上げに店長も喜んでいた。今はそれも落ち着いて、パウリーとカクさん、ルッチさんあたりがたまに連れ立ってやってくるだけになっている。元々、常連さんがのんびりと過ごすような店だったので、これはこれでありがたい。
「ほら、お兄さん。あっちの子もなかなかに煽情的じゃなくて?」
「やめろ! 人のことよりもまずはお前だ!」
「……なんだか、すごく真っ当なことを言ってるように聞こえるね?」
「真っ当なことだろ!」
新しいグラスと空いたグラスを交換しながら、適当なおしゃべりに興じられるくらいにはパウリー達は通ってくれた。そんな中でカクさんから教えてもらったのが「パウリーは女の肌に弱い」だった。
◆
その日は、仕事が早く片付いたとカクさんだけが先にお店にやってきた。グラスを傾けながら、わしはどうも優秀すぎてのう、と冗談に聞こえないジョークで笑いを誘ったそのあとのことだ。
「肌? 露出ってこと?」
「社内では結構有名じゃぞ? 社長の秘書が毎日喚かれていて気の毒じゃ」
「そうなんだ……。私なんかでも、何か言ってくれるかな?」
「“なんか”なんぞ言うもんじゃない。ウカちゃんならパウリーのやつ、叫ぶぞ」
カクさんにそう言われて、少し試してみたくなってしまった。暑いからと言い訳して、カクさんに唆されたのだと言い訳して、今日羽織ってるシャツの下は、たまたまタンクトップだった。
「……絶対ないし、聞くのも恥ずかしいけど、カクさんが見たいとかじゃ、……」
「いや、わしはウカちゃんなら大歓迎じゃけど」
「~~ッ!」
「でもまあ、風邪ひかんようにほどほどにの」
その言い方は、お爺ちゃんが孫娘に向ける言葉くらいの安心感があって、やっぱり聞いたのが恥ずかしくなったけど、私は単純なので大歓迎と言われて嬉しい気持ちの方が勝った。今日は暑いよね、とカクさんに問うと、カクさんが、おうおう暑すぎて死にそうじゃ、と悪巧みの笑顔で答えてくれる。そうだよね、と羽織っていたシャツを脱いで腰に巻いた。
ちょうどその時、店のドアがチリンチリンと鳴って「カクのやつ、うまいことやりやがって」と言いながらどやどやと大股で店に入ってきたパウリーと目が合った。
「いらっしゃい……」
「なななななんて格好してるんだお前はッ!! シャツを羽織れシャツをー!!」
ほらの、言った通りじゃろ? という顔をしたカクさんと目が合う。
◆
「パウリーはさ、あの子には、言わないの?」あの子、に聞こえないように声を潜める。
「あ゛ァ…? 何を?」
今日のパウリーは一段と機嫌が悪いようで、それはもしかしたら私のせいかも、と自分の格好を顧みる。今日は丈が短めのタンクトップに、ショートパンツ、あとサンダル。いつもより肌色が多いかもしれない。全部乗せって感じだ。これは確かに、ちょっと調子に乗ってやりすぎたかも。
「服を着ろって、言わないのかな? って」
「……知るかっ」
パウリーはこれ以上話すことはない、と言わなかったが、代わりに態度で示した。そっぽを向いて、グラスを豪快にあおって空にすると、ゴトンとテーブルに置いて「同じの」と一言。
やりすぎた、とは思っても、今更またシャツを羽織るのは、それはそれできまりが悪い。だってそれじゃあまるで、パウリーのためだけに脱いでたと言うようなものじゃないか。
私は全然気にしていません、という笑顔で「はーい」と返事をして、カウンターの方へ戻る。お酒を準備していると、カクさんがカウンターに腰かけた。たまらず縋りたくなってしまう。
「カクさーん……、私のせい? だよね?」
「いい、いい。ありゃあ、拗ねとるだけじゃから」
「拗ねてる?」
「仕掛けたわしにも責任があるからの、種明かしを一つ」
「え?」
カクさんが、ちょいちょい、と手招きするのでパウリーのお酒を持ってホール側に回って、カウンターに座ったカクさんのそばに行く。カクさんがパウリーから口元を隠すように内緒話のポーズをとるので、つられて耳を寄せると、こちらを睨んでいるように見えるパウリーと目が合って気まずい。
「パウリーはな、気心知れた……仲良しにしか、言わんのじゃ」
「え?」
「服じゃ、服。道行く全員を捕まえて「服を着ろ」なんて叫んどったら、それは頭のおかしいやつじゃろう?」
「た、確かにそうだけど…」
そこまで言うとカクさんは内緒話をやめて、パウリーの方を向いた。今度はパウリーが、ぎくりときまずそうにしている。
「じゃからの、パウリーはウカちゃんを仲良しと、そう思っとるっちゅーことじゃな」
「おいカク!! お前何をッ!!」
「今日のウカちゃんはちょーっと刺激的すぎたのう、パウリー?」
図星だったのかわからないが、パウリーが顔を真っ赤にして言葉を失っている間に、カクさんが私を見つめて一言。
「そういうのはな、パウリーにだけ見せてやってくれんか?」
わしは大歓迎じゃけども! と力強く言うカクさんがおかしくて、涙が出るくらい笑った後、ひとまず拗ねているらしいパウリーのためにシャツを羽織った。パウリーはというと、せめて長ぇスカートはねェのか? とこの期に及んでまだ私に服を着せようとする。おしまい
パウリーはなんというか、女性が苦手というか、免疫がないというか、妙に古臭いというか、はたまたただ単に極度の照屋さんというやつなのか、判断はし難いが、要するに女性、特に肌の露出が多い女性に対して「なんてハレンチな格好をしているんだ!」と怒鳴るような男だった。肌を露出する、つまり、肩や臍や脚を出すだけで、顔を真っ赤にして、手でその目を覆って、何でもいいから早く服を着ろと喚くのだ。服はもう着ているのに。
世界にはこんな女の子がそこかしこに溢れているというのに、パウリーはそんな女の子たちをみんな天敵としてしまっている。こんな調子でどうやって生きていくというのだろう。だから私のこれは慈善事業、ボランティア。そして彼の言葉を借りれば嫌がらせ、セクシャルハラスメントとなる。
「またお前はッ! なんで俺が来ると脱ぐんだよ! 腹を出すな!」
「最近同じことばっかり……いい加減、諦めるか、慣れるかしないの? そんなんじゃ、生きていけないでしょう」
「余計なお世話だ!」
私は造船島、よりは裏町寄りにある酒場で給仕と接客を勤める一店員なのだが、ある夜のこと、ガレーラカンパニーの職長と名高いパウリーがふらっと入ってきて、ヤケ酒と思しきものをあおっていた。多分、ギャンブルで負けが込んだのだろう。ちくしょう絶対くると思ったのに、とギャンブルに弱い人がよくいう台詞が聞こえてくる。
その様子がなんだか不憫に思えて、なんとなく声をかけ、お酒だけだと身体に障ると賄いの一皿を出してあげたのだが、それが妙に気に入ったらしく、酔って焦点が定まらないようなぼうっとしていたパウリーの目が、ぱっと見開いた。
ふらふらと危なっかしい足取りで店のドアを開けて帰路につくパウリーを見送った、次の夜。パウリーは会社の職人仲間を大勢引き連れてやってきたのだ。その時期は、どうしても店の売り上げが落ちる時期だったので、不意の売り上げに店長も喜んでいた。今はそれも落ち着いて、パウリーとカクさん、ルッチさんあたりがたまに連れ立ってやってくるだけになっている。元々、常連さんがのんびりと過ごすような店だったので、これはこれでありがたい。
「ほら、お兄さん。あっちの子もなかなかに煽情的じゃなくて?」
「やめろ! 人のことよりもまずはお前だ!」
「……なんだか、すごく真っ当なことを言ってるように聞こえるね?」
「真っ当なことだろ!」
新しいグラスと空いたグラスを交換しながら、適当なおしゃべりに興じられるくらいにはパウリー達は通ってくれた。そんな中でカクさんから教えてもらったのが「パウリーは女の肌に弱い」だった。
◆
その日は、仕事が早く片付いたとカクさんだけが先にお店にやってきた。グラスを傾けながら、わしはどうも優秀すぎてのう、と冗談に聞こえないジョークで笑いを誘ったそのあとのことだ。
「肌? 露出ってこと?」
「社内では結構有名じゃぞ? 社長の秘書が毎日喚かれていて気の毒じゃ」
「そうなんだ……。私なんかでも、何か言ってくれるかな?」
「“なんか”なんぞ言うもんじゃない。ウカちゃんならパウリーのやつ、叫ぶぞ」
カクさんにそう言われて、少し試してみたくなってしまった。暑いからと言い訳して、カクさんに唆されたのだと言い訳して、今日羽織ってるシャツの下は、たまたまタンクトップだった。
「……絶対ないし、聞くのも恥ずかしいけど、カクさんが見たいとかじゃ、……」
「いや、わしはウカちゃんなら大歓迎じゃけど」
「~~ッ!」
「でもまあ、風邪ひかんようにほどほどにの」
その言い方は、お爺ちゃんが孫娘に向ける言葉くらいの安心感があって、やっぱり聞いたのが恥ずかしくなったけど、私は単純なので大歓迎と言われて嬉しい気持ちの方が勝った。今日は暑いよね、とカクさんに問うと、カクさんが、おうおう暑すぎて死にそうじゃ、と悪巧みの笑顔で答えてくれる。そうだよね、と羽織っていたシャツを脱いで腰に巻いた。
ちょうどその時、店のドアがチリンチリンと鳴って「カクのやつ、うまいことやりやがって」と言いながらどやどやと大股で店に入ってきたパウリーと目が合った。
「いらっしゃい……」
「なななななんて格好してるんだお前はッ!! シャツを羽織れシャツをー!!」
ほらの、言った通りじゃろ? という顔をしたカクさんと目が合う。
◆
「パウリーはさ、あの子には、言わないの?」あの子、に聞こえないように声を潜める。
「あ゛ァ…? 何を?」
今日のパウリーは一段と機嫌が悪いようで、それはもしかしたら私のせいかも、と自分の格好を顧みる。今日は丈が短めのタンクトップに、ショートパンツ、あとサンダル。いつもより肌色が多いかもしれない。全部乗せって感じだ。これは確かに、ちょっと調子に乗ってやりすぎたかも。
「服を着ろって、言わないのかな? って」
「……知るかっ」
パウリーはこれ以上話すことはない、と言わなかったが、代わりに態度で示した。そっぽを向いて、グラスを豪快にあおって空にすると、ゴトンとテーブルに置いて「同じの」と一言。
やりすぎた、とは思っても、今更またシャツを羽織るのは、それはそれできまりが悪い。だってそれじゃあまるで、パウリーのためだけに脱いでたと言うようなものじゃないか。
私は全然気にしていません、という笑顔で「はーい」と返事をして、カウンターの方へ戻る。お酒を準備していると、カクさんがカウンターに腰かけた。たまらず縋りたくなってしまう。
「カクさーん……、私のせい? だよね?」
「いい、いい。ありゃあ、拗ねとるだけじゃから」
「拗ねてる?」
「仕掛けたわしにも責任があるからの、種明かしを一つ」
「え?」
カクさんが、ちょいちょい、と手招きするのでパウリーのお酒を持ってホール側に回って、カウンターに座ったカクさんのそばに行く。カクさんがパウリーから口元を隠すように内緒話のポーズをとるので、つられて耳を寄せると、こちらを睨んでいるように見えるパウリーと目が合って気まずい。
「パウリーはな、気心知れた……仲良しにしか、言わんのじゃ」
「え?」
「服じゃ、服。道行く全員を捕まえて「服を着ろ」なんて叫んどったら、それは頭のおかしいやつじゃろう?」
「た、確かにそうだけど…」
そこまで言うとカクさんは内緒話をやめて、パウリーの方を向いた。今度はパウリーが、ぎくりときまずそうにしている。
「じゃからの、パウリーはウカちゃんを仲良しと、そう思っとるっちゅーことじゃな」
「おいカク!! お前何をッ!!」
「今日のウカちゃんはちょーっと刺激的すぎたのう、パウリー?」
図星だったのかわからないが、パウリーが顔を真っ赤にして言葉を失っている間に、カクさんが私を見つめて一言。
「そういうのはな、パウリーにだけ見せてやってくれんか?」
わしは大歓迎じゃけども! と力強く言うカクさんがおかしくて、涙が出るくらい笑った後、ひとまず拗ねているらしいパウリーのためにシャツを羽織った。パウリーはというと、せめて長ぇスカートはねェのか? とこの期に及んでまだ私に服を着せようとする。おしまい
あなたが私のご主人さま #サー・クロコダイル
「名は?」
極限まで無駄を削いだその問いは、間違いなく「サー・クロコダイル」のものだった。その日から、彼が私のすべてになる。
「お前はひよこか」
「うふふ、確かに」
社長はうんざりした顔で、反対に副社長は慈愛に満ちた顔でそう評した。私は、副社長が用意してくれた豪華で気品のある花々を、これまた副社長が用意してくれた豪奢な花器に、緊張しながら慎重に活けているところで、急にそんな話題を振られてもうまく反応できない。
「無視か? ひよこ風情が随分偉くなったもんだなァ?」
「いえすみません決してそんなことはっ」
狼狽えながら慌てて一息でそう告げると、社長は満足そうに「クハハ」と短く笑った。「いじめちゃかわいそうよ」と副社長が窘めてくれる。さきほどのうんざり顔は私を欺くポーズだったらしい。ということは、今日の社長は機嫌が良さそうだ。社長はごくたまに、こうして私をからかう。余程お暇で、ご機嫌で、することがない、といったかなり稀な機会ではあったけれど。ここ最近、お仕事が順調なのかもしれない。社長にふさわしい品格を持ち合わせた重厚な椅子に、どっしりと腰を深く沈めてくつろいでいらっしゃる様子を見て、私は少し調子に乗ってみる。
「社長、その……ひ、ひよこというのは……?」
「……それは有能な副社長にきいてみるんだな」
「あら、ひどいひと」
副社長は肩をすくめた。私がおずおずと上目遣いに盗み見ているのに気づいた彼女はくすり、と笑って「いえね」と説明を始めてくれる。
「あなたがあんまりにも、どこへでも社長についていくでしょう? 生まれたひよこは、初めて目にした動くものを親と信じてついていくじゃない。それみたいねって」
だってあなたさっき、お手洗いにまでついていこうとしたんでしょう? 副社長は堪えきれず、あはは、と破顔した。副社長がそんな風に笑うのは初めてみる。よっぽどおかしかったんだと、顔から火が出そうだ。当の社長は、さきほどこそ「鬱陶しい」と地獄の底から響いててくるような恐ろしく低い声で私を制したけれど、今は副社長と一緒になって唇に薄く笑みを浮かべていたので、胸のつかえが降りる気持ちになった。
副社長の言うとおりだ。名を尋ねられ、社長に拾われたその日から、私には社長しかいない。ひよこは、たとえそれが玩具でもついていくと聞く。その盲目さは私にぴったりではあった。
「そうだ、ひよこさん」
自分のことだと気付くのにコンマ一秒かかった。「はい!」と我ながらいい返事をすると、社長はまるで子犬を「グッドガール」と褒めるのと同じ調子で「いい子だ」と言い、そのまま「『社長』じゃない」とこれまでの私が使っていた敬称を否定した。
「『サー』だ。サーと、そう呼べ」
「『サー』…」
「なんだ」
「いえ、あの……なんだかとても、私が扱っていい言葉には思えなくて」
「ウカ」
途端、ひゅっと喉が鳴る。社長の鋭い視線に射抜かれて、私が息を呑んだ音だ。
さきほどまでの和やかなムードは私の勘違いだったろうか。社長は、いや、サーは、決して椅子から動いていないのに、ただ私を見ているだけなのに、私はその場から動けなくなる。副社長は知らぬ存ぜぬのお顔だった。
「いいか、これはしつけの一環だ。お前の『サー』は、一生涯このおれだけ。そうだろう?」
「もちろんです、サー」
「よろしい。はやく慣れろ」
サーが微笑むと、ふっと力が抜けた。どっどっどっどっ、と高鳴る鼓動を必死に鎮めた。副社長が「いじわるね」と誰に言うでもなく呟いて、サーが「しつけには多少の恐怖も必要だろう」と応じた。
そうだ、もちろん。あなたが私の名を尋ねた、あの日から。おしまい
「名は?」
極限まで無駄を削いだその問いは、間違いなく「サー・クロコダイル」のものだった。その日から、彼が私のすべてになる。
「お前はひよこか」
「うふふ、確かに」
社長はうんざりした顔で、反対に副社長は慈愛に満ちた顔でそう評した。私は、副社長が用意してくれた豪華で気品のある花々を、これまた副社長が用意してくれた豪奢な花器に、緊張しながら慎重に活けているところで、急にそんな話題を振られてもうまく反応できない。
「無視か? ひよこ風情が随分偉くなったもんだなァ?」
「いえすみません決してそんなことはっ」
狼狽えながら慌てて一息でそう告げると、社長は満足そうに「クハハ」と短く笑った。「いじめちゃかわいそうよ」と副社長が窘めてくれる。さきほどのうんざり顔は私を欺くポーズだったらしい。ということは、今日の社長は機嫌が良さそうだ。社長はごくたまに、こうして私をからかう。余程お暇で、ご機嫌で、することがない、といったかなり稀な機会ではあったけれど。ここ最近、お仕事が順調なのかもしれない。社長にふさわしい品格を持ち合わせた重厚な椅子に、どっしりと腰を深く沈めてくつろいでいらっしゃる様子を見て、私は少し調子に乗ってみる。
「社長、その……ひ、ひよこというのは……?」
「……それは有能な副社長にきいてみるんだな」
「あら、ひどいひと」
副社長は肩をすくめた。私がおずおずと上目遣いに盗み見ているのに気づいた彼女はくすり、と笑って「いえね」と説明を始めてくれる。
「あなたがあんまりにも、どこへでも社長についていくでしょう? 生まれたひよこは、初めて目にした動くものを親と信じてついていくじゃない。それみたいねって」
だってあなたさっき、お手洗いにまでついていこうとしたんでしょう? 副社長は堪えきれず、あはは、と破顔した。副社長がそんな風に笑うのは初めてみる。よっぽどおかしかったんだと、顔から火が出そうだ。当の社長は、さきほどこそ「鬱陶しい」と地獄の底から響いててくるような恐ろしく低い声で私を制したけれど、今は副社長と一緒になって唇に薄く笑みを浮かべていたので、胸のつかえが降りる気持ちになった。
副社長の言うとおりだ。名を尋ねられ、社長に拾われたその日から、私には社長しかいない。ひよこは、たとえそれが玩具でもついていくと聞く。その盲目さは私にぴったりではあった。
「そうだ、ひよこさん」
自分のことだと気付くのにコンマ一秒かかった。「はい!」と我ながらいい返事をすると、社長はまるで子犬を「グッドガール」と褒めるのと同じ調子で「いい子だ」と言い、そのまま「『社長』じゃない」とこれまでの私が使っていた敬称を否定した。
「『サー』だ。サーと、そう呼べ」
「『サー』…」
「なんだ」
「いえ、あの……なんだかとても、私が扱っていい言葉には思えなくて」
「ウカ」
途端、ひゅっと喉が鳴る。社長の鋭い視線に射抜かれて、私が息を呑んだ音だ。
さきほどまでの和やかなムードは私の勘違いだったろうか。社長は、いや、サーは、決して椅子から動いていないのに、ただ私を見ているだけなのに、私はその場から動けなくなる。副社長は知らぬ存ぜぬのお顔だった。
「いいか、これはしつけの一環だ。お前の『サー』は、一生涯このおれだけ。そうだろう?」
「もちろんです、サー」
「よろしい。はやく慣れろ」
サーが微笑むと、ふっと力が抜けた。どっどっどっどっ、と高鳴る鼓動を必死に鎮めた。副社長が「いじわるね」と誰に言うでもなく呟いて、サーが「しつけには多少の恐怖も必要だろう」と応じた。
そうだ、もちろん。あなたが私の名を尋ねた、あの日から。おしまい
パウリーさんと付き合い始めて二か月が経とうかというところで、カク先輩から呼び出された。
指定された待ち合わせ場所は造船島の空き倉庫で、時間も深夜だったので、忍んで来い、ということなのだなと察した。まさか、昼間からカフェでお茶ができるなどと期待していたわけではないが、それでも、三年ぶりの再会がこれかと人並みに寂しい気持ちにはなる。
甘い罠VS恋人
造船を主産業にしているウォーターセブンで一番有名な造船会社、ガレーラカンパニーの若き職長「パウリー」という男性と恋仲になるよう指示されたのは、今から半年ほど前のことだった。「半年以内に恋人となり、以降、指示があるまで付き合い続けること」以外は何も指示されず、自分がなぜ彼の恋人になる必要があるのか、恋人になってどうすればいいのか、などは特段知らされなかった。上層部がそう判断したのなら、私も従う以外の術はない。とにかく「半年以内に付き合って、指示があるまで別れない」ことだけに注力することにした。
「パウリー」の資料に目を通す。まだ若く、自分より二つ上なだけだったが、それでももう職長なのかと驚く。ただ、そのすぐ後に、ギャンブルに目がない、借金を重ねている、そのため金にがめつい、などマイナスの情報が並んでいて、先ほどの驚きが失望と相殺されていく。とどめは、特記事項の「女性に慣れていない模様」という文字列。相変わらず、あまり役に立たない資料だなとデスクに放り投げて、未来の恋人「パウリー」に思いを馳せる。
◆
ウォーターセブンに着いてすぐ、街の人が「また海賊だ」「ガレーラで暴れているらしい」と騒ぎながら一方向に駆けていくのを見かけて、私もついていってみることにした。
ガレーラカンパニーに着くと、事態はもう収束していて、縛られた海賊が転がっているだけだったが、「今回の海賊はことさら張り合いがなかったな」などと野次馬の男性たちが、まるで試合をみるかのように感想を述べあっているのが面白い。
野次馬に混ざって、「パウリー」をそれとなく探していると、懐かしい顔が目に飛び込んできて、口を開けたままその人に釘付けになってしまった。
「カク先輩……」
カク先輩はこちらに気づいた様子はない。とはいえ、カク先輩が私に「お前に気が付いたぞ」と悟らせるわけがないので、本当のところはよくわからない。周りの野次馬に倣って、そのままじろじろと見ていると、資料で見た「パウリー」とカク先輩が親し気に話し始めた。そのうち「パウリー」がゆでだこみたいに真っ赤になったかと思うと、如何にもオフィスレディといった佇まいの女性に「足を出すな!」と叫び始める。女性に慣れていない、とはこれか、と膝を打つ。
ひとまず「パウリー」には会えた。ただそれよりも、知らされていなかったカク先輩のことで頭がいっぱいだった。
「パウリー」とカク先輩は仲が良さそうだった。わたしはカク先輩の前で、あの人の恋人として振舞わなければならない場面があるだろうか。考えただけで気が重いがひとまず新居へ、と踵を返そうとしたところで、急に、さっきまで野次馬なんか気も留めていなかったように見えていたカク先輩が、野次馬の中の私を射抜くように見つめてきた。視線の鋭さに体が硬直する。だが、視線の意味はさっぱりわからない。何か伝えたいことでもあるのかと思い、背筋を伸ばして待っていたが「パウリー」から声をかけられ、そのまま背を向けて行ってしまった。
◆
それが半年前のこと。
パウリーさんへの接触は、可能な限りパウリーさんが一人の時が良いだろうと判断して事を進めていたので、結果、この半年間、カク先輩と相対することはなかった。パウリーさんからはよく「カクってやつが面白くてよ、知ってるか? 山風? あぁ、そういやそんな風に呼ばれてんな」「あいつは俺より年下のくせに生意気なんだよな。まァ、仕事は文句ねぇけど」「またカクのやつに逃げられた」と聞かされていたので、カク先輩の近況めいたものはパウリーさんを通して把握していた。
深夜の造船島空き倉庫は、当たり前だが暗く、海の音しか聞こえない。カク先輩は全身黒い服を着ていて闇に溶けそうだ。月明りだけが辛うじて彼を映し出す。帽子まで黒くて徹底してるなあと、他人事のように緊張感のないことを考えていると、カク先輩が先に口を開いた。
「久しぶりじゃな、ウカ。元気にしとったか?」
「ご無沙汰してます」
「おいおい、なんじゃ。随分、他人行儀じゃの~」
私の知っている三年前までのカク先輩と同じ調子で少しだけほっとする。ただ、自分はこの件についてどこまで話していいのかわからない。私にされている指示はいまだに「半年以内にパウリーの恋人となり、以降、指示があるまで付き合い続けること」のみなのだ。
カク先輩から「ほれ」と言われて封筒を受け取る。月明りでなんとか読み取ると、信じられない追加の指示が書いてあった。
「な、んで……」
「『なぜ?』じゃと? ウカ、お前さんが発していい言葉はただ一つ……」
「失礼しました。心得ました」
「……よし」
封筒に書いてあった追加の指示は「以後、カクの指示に従うこと」だった。これでもう、カク先輩を避けては通れない。私はこれから「別れろ」という指示があるまでは、この人の前で、パウリーさんの恋人として振舞うのだ。別れろ、という指示もカク先輩から下されるのだろうか。
「とりあえず、ウカの任務は? パウリーと付き合って、指示があるまで別れるな、じゃったか?」
「その通りです」
「で、進展は?」
「二か月前から付き合っています」
「ほう……パウリーからは何も聞いとらんが、確かに浮かれとったの」
「パウリーさんは、その……恥ずかしいから、と言っていました」
「パウリー、さん……」
「あっ、はい。年上なのでそう呼んでいます」
「違う違う」
手を大きく横に振りながら否定の言葉を口にするカク先輩の「違う」がよくわからない。こういう時、下手に言葉を重ねると余計に事態が悪くなることを私は経験から学んでいたので「あ、えっと……」などと言いながら時間を稼ぐ。
カク先輩はそんな私の浅はかな知恵に気づいているのかいないのか、「まあいい」と俯いた。そのタイミングでこっそり息を吐く。
「で、パウリーのやつ、どんな様子じゃ?」
どんな、と言われても正直困る。繰り返すようだが私は「半年以内にパウリーの恋人となり、以降、指示があるまで付き合い続けること」以上の命は受けていないのだ。しかし、たった今「カク先輩の指示に従うこと」という命が追加で下された以上、カク先輩の質問にはなるべく正確に答える必要があるだろう。
「は、はあ……。そう、ですね……。主観で恐縮ですが、少なくとも私と過ごしている時は、楽しそう、ではあります。ああ、あとは、大事にしてくれるつもりのようです。私と付き合うからと、ギャンブルも止めてくれましたし、借金も返済していると聞きました」
「はあああ!? パウリーが!? 嘘じゃろ……」
「う、嘘ではないですが……まあ、パウリーさんが私に本当のことを言っているともまだわかりませんので……」
「……ウカ、お前、本当に「パウリー」と付き合っとるのか? 違う男じゃなかろうな」
「そんなはずは! ……彼がギャンブルをやめるだとかは、そんなに信じ難いことですか?」
「ああ! あいつの賭け狂いはもう、依存症じゃと思っとったからの」
呆れ顔でそう言ってのけるカク先輩を見て、ふと、パウリーさんを思い出す。
『いや別に……。こんくれぇ、大した手間じゃねぇんで』
『ウカ! 肩を出すな、肩を! 毎日言わせんなッ!』
『おっ、れに言ってんのか? それ……。……おれに?』
『おれァよお……なんでウカが、おれなんかを……す、好いてんだか、知らねェけど……、ちゃ、ちゃんとすっから』
『なんつーか、暇だったんだよな、単純に。……今は、……他に面白ぇことがあるからよ』
『も、もう少ししたら、あいつらにも紹介すっから!』
「ウカ、なんちゅー顔しとるんじゃ」
「えっ?」
カク先輩の冷たい叱責で我に返る。カク先輩は、パウリーさんが賭け狂いだと呆れたよりも、さらに呆れた顔で、「にやにやと……、癪に障る」と呟いた。面目ない。
「情が移ったりしとらんじゃろうな?」
「そ……れは……」
あるわけないじゃないですかと続けたかったのだが、その瞬間、失敗した、と悟った。この質問には短く即答「まさか!」が正解だった。
カク先輩は一瞬で距離を詰めてきて、私の首に右手をかけた。私に取り繕う暇も与えない一瞬の動作だった。優しく、壊れ物を扱うかのように、力が入っていないのが却って怖い。
「目を離すとすぐこれじゃ。お前さんは『殺し』が出来ん。だからこうして色仕掛けしてるのを忘れたか?」
「……対象を愛おしく思わないと……、対象からも好かれませんので」
「人選ミスが過ぎるの……。お前さんじゃパウリーが気の毒すぎる。もう終いじゃ、さっさと円満に別れてこい」
「そんな……私はもうこんなに好きになのに……」
「嘘じゃないのが余計に腹立つのう……」
パウリーが海にでも飛び込んだらどうしてくれるつもりじゃ、と言いながら、カク先輩は私の首筋、鎖骨、胸、とゆっくり指を滑らせていく。私はカク先輩が何かぶつぶつ言っているのもそっちのけで、その動きを目で追った。カク先輩の指が胸の頂点にたどり着き、ぴくりと体が緊張する。
「ウカ」
「はい」
急に名前を呼ばれたので指から目を離し、顔を上げてカク先輩を見ると、カク先輩は私を見つめながら、そのタイミングで指をくいと折り曲げた。
「あっ……」
「下着くらい着けてこんか」
「ッ、……しない、ですか……?」
カク先輩が、今日一番の大きなため息をついた。
「わし、明日は朝早いんじゃけど」
「ああ、パウリーさんもそう言ってました」
お仕事大変ですね、と続けると、恋人の血管が切れる音が聞こえた気がした。おしまい