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シリンジで相澤先生と子をなそうとする話#掌編  

 お前の頭がまともなことだけはわかる、と先生は言ってくれて私は胸を撫でおろした。先生は私が頭のおかしい父親に洗脳されているのだと本気で心配してくれていたらしい。お前が、お前の意志で、お前の希望なら、お前の人生だ、と言葉を連ねて、最後には紙コップを手にスイートルームの別室へと向かった。私はベッドの上で太ももをもぞもぞと擦りあわせることしかできない。
 時計の針が半分も回らないくらいで先生は戻ってきて「ほらよ」と紙コップを突き出してくるので慌てて両手で受け取った。
「ありがとうございます。私と子供の生活はご心配なく。資産はあるので」
 あ、気が早いですね。と手で口元を押さえると先生は眉を顰めた。
「生徒とどうにかなる気はさっぱりないからな。これで済ませてくれるならありがたい」
「昨日付で退学した元・生徒ですよ」
「お前、俺がそんなに機械みたいにパチパチ気持ち切り替えられるとでも思ってんのか?」
「失礼しました。決してそんなことは」
「まあ、いい。で? 俺はもういいのか?」
「いえ……、その、一回でうまく出来るかわかりませんので念のためもう少し……」
 いて欲しいと頼む前に先生は、わかった。と短く応じた。

 シリンジ法、と私が言うと先生は、しりんじほう、とただおうむ返しに言葉を返してきた。
「先生との子供はとてもとても欲しいのですが、セックスまでしていただくのは申し訳ないので、精子だけ頂戴出来れば、あとは私がこのシリンジで中に」
 続きは先生の「もういい」という声に阻まれた。頭を抱え、唇をぎり、と噛む先生はいま何を思うのだろう。若かりし頃の自分の選択を後悔しているのだとしたらもう遅い。お金があって頭のおかしい私の父親と、強い個性を保持しておきたい国とが出会って、タッグを組んでしまった。
「お前が妊娠しなくても」
「子供を産んで、育てるのが私の夢なのです」

「そっち行っていいか」
 別室から先生の声が遠く聞こえる。返事に窮していると、先生が容赦なく現れた。私は姿勢を整える暇もなく、ベッドの上で膝立ちの状態で迎える羽目になる。スカートは履いたままだが下着は脱いでいて、急に下半身がすうすうと心もとなく感じる。先生は私を見下ろして「難航してそうだな」と評した。
「ふ、不甲斐ないです。先生にここまでしていただいているのに」
「何が問題なんだ」
「あの、い、痛くて、入らない、入れられない、のです」
「潤滑剤は」
「使っていますが、その……」
 怖くて、とはさすがに言えなかった。
「お前は、俺との子供が欲しい」
「はい」
「それは、俺への好意も多少あると思っていいのか」
「もちろん。好いた方の子供が欲しいのです。憎い男の子供など宿したくありません」
「そうか。なら」
 先生は私の背後にぼす、と腰を下ろした。ベッドに投げ出された先生の足の間に私がおさまる形になる。え、え、と狼狽えていると先生が私の両肩に手を置き、ぐっと下に力を入れるので私もお尻をついてしまった。肩越しに先生の気配を感じるのは初めてだ。
「まずリラックスしろ。身体に力が入ってれば痛みも感じやすいだろう。あとは体を温めろ。室温も低すぎる」
 先生はよどみなく言って後ろからそっと私の手を取った。先生の手は温かく、私はそこで初めて自分の指先の冷たさを自覚した。私が固く握っていたシリンジも、先生にさりげなく奪われてしまう。
「ほら。まずは足を毛布の中に突っ込め」
 先生に言われるがまま身体を動かしていくと、どんどん先生と密着した。先生は気にしていないようだったが、私は「じゃああとはがんばれ」といつ放り出されるのか気が気ではなかった。
No.432
1539 字
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