息絡む夜

「おっぱい、揉んでみる?」

 がやがやとした酒場で、その台詞はやけにはっきりと聞こえた。カクは飲んでいた酒を吹き出しそうになったのをぐっと耐え、そっと周囲の気配を探った。みな、己の卓でそれぞれを話題を楽しんでいるようでほっとする。意外と声は大きくなかったのかもしれない。

「なんでそうなる」

 むせそうになった喉を整え急いで聞いた。

「男の人はそれで元気出るって聞いたから。幸い、私には遠慮するパートナーもいないし」

 は何でもないふうに答えた後、カクもいないでしょ? とまあまあ失礼な確認を続けた。カクはその問いに無言を貫き、微動だにしなかったのに、

「じゃあ、いいじゃない」

 と勝手に話を進めようとする。

「良くないわい。大体、揉んだらあんあん言うじゃろ。そしたら、そういうことになるじゃろうが」
「うーん……揉まれるだけならなんともないよ。肉塊って感じ」

 何がどうしてこうなった。カクは俯いて深くため息をついた。
 カクはただ、最近仕事が多い、いいことがない、もう疲れた、慰めが欲しい、とよく酒場で一緒になる飲み友達のにぼやいだだけだ。今日もたまたま店で会ったのでそのまま卓を共にしただけ。ごくごく稀に、彼女に対して下半身が反応しないこともなかったが、生理現象、生理現象、と己に言い聞かせていた。なぜなら、彼女にまったくその気がなさそうだったから。

「他の男にも言っとるんか、これ」

 怒気をこめたカクの言葉に、は持っていたジョッキをゴン、とテーブルに叩きつける。そして

「言ってないよ! カクが初めてに決まってるじゃん」

 失礼しちゃう、と頬を膨らませる。カクは下半身に血が集まるのを感じながら、そのままにした。

「出るか」

 は特に何を尋ねるでもなく、カクに倣って席を立った。



 店を出たは、うちくる? と短く言った。カクもそれに、おう、と短く返した。そのあとの道中はいつもの二人だった。さっきの店のこれが美味しかった、また頼もうなどと、とりとめのない話をしているうちに、の部屋に着く。
 あんまりちゃんと見ないでね、と招かれたの部屋は、思っていたより殺風景だった。家具らしい家具は大きなベッドだけ。は、柔らかい素材のブラウスにタイトなスカート、といういで立ちが多く、もっと女性らしい部屋を想像していた。
 仕方なく、ソファ代わりにベッドへ腰かける。サイドテーブルに水を置いたは、カクに脚を広げさせるとそこに腰かけ、

「はい、じゃあどうぞ」

 と背中を向けてきた。胸を差し出してくるくせに、対面じゃ恥ずかしい、と零す彼女の羞恥心はよくわからない。結局、カクの足の間におさまったの小さな肩に顎をのせる。彼女の部屋の匂いが鼻腔をくすぐった。
 ここからどうしたものか、とひとまずモゾモゾと体勢を整える振りをして、ついでに彼女の手首を握ったカクの口の端は、緩やかに上がった。そして、へえ? と肩眉を上げる。

「ほんとにいいんじゃな?」

 何を言われてもやめるつもりもないが、一応、形だけ念押しした。は、どうぞどうぞと軽い返事だ。カクは出そうになる笑い声を抑える。さっき握った手首から取れた速い脈。あの心拍数で、この状況で、まだなお『普通』を取り繕うとしているは、どんな顔をしているのやら。

「それなら遠慮なく」

 カクもに倣って淡々と事に及ぶことにする。だが、下から掬い上げるようにその膨らみに手のひらを当てたカクはすぐに、おいおい、と頭を抱えたくなった。カクがこれから弄ぶ『ソレ』は当然、下着によってある程度補正された感触だろうと予想していたのだが、意を決して触れたそれは思っていたよりずっと柔らかかった。これは。

、お前……」
「ああ、今日は暑かったし、つけてなかったの。服もゆったりしてるからバレないと思って」

 わからなかったでしょう? こちらを振り返りながら、あっけらかんと告げるに、無性に腹が立ってくる。薄布を幾重にも重ねたような彼女のブラウスは、確かにボディラインを拾わなかった。カクも触れるまで気づかなかった。それにしても。だからといって。

「気づかんかったのう」

 嘘をつくのも癪で、仕方なく本当のことを白状しながら、親指と他の四指とでやわやわと双丘を揉みしだき反応を見る。薄布越しの膨らみは、それでも随分柔らかかった。少し上に持ち上げてみて、手に乗る重さとぬくもりを確かめる。の息は、特段乱れなかった。揉まれるだけなら、というのは嘘ではなさそうだ。先ほどの脈の速さは、単に『触れられること』に緊張してたらしい。それなら、ば。カクは賭けに出てみることにした。



「ん゛あ゛あッ!!」

 カクが揉みながら見当をつけていたそれを、両方ともきゅっと押し潰すように摘まむと、は悲鳴のような喘ぎ声と共に、背中を勢いよくしならせた。その瞬間カクは、勝った、と口角を歪めた。そして、弄りやすくてちょうどいいとほくそ笑み、ブラウスの上から的確に摘まんだの先端を追い詰めるように人差し指でカリカリとこする。逃がさない。
 摘まんだそれが、みるみるうちに固さを増していくのを指で確かめながら、の肩越しに目でも確認する。突然の刺激になすすべもないの突起はブラウスを押し上げて健気な主張をしていた。は声も出せず、ただ口を開けて、細い喉をさらけ出している。舌が助けを求めるように震え、喉の奥では、ぁ、ぁ、と漏れた息が声帯を震わせて音になっていた。
 カクはやめない。この一瞬で、抵抗する気力を、の正気を奪いたかった。機械のように正確に、がくねらす身体を逃がさないように、でも、決して力を入れすぎず、たった二つの小さな突起から快感だけをに与えていく。
 の感度は知らなかった。反応が悪ければ、すまん当たってしまったわいと適当に誤魔化してやめるつもりだった。でもこれだ。雰囲気づくり? フェザータッチ? 徐々に高めていく性感? 知るか。
 の手が抗議するようにカクの腕に辛うじて伸びたが、それはあまりに弱々しく、カクの動きを止めるには至らなかった。カクは、腕に添えられたの指に力が入り、彼女のつま先がぴんと伸びたのを見計らって、手を止めた。の身体が一気に脱力する。はあはあと肩で息をし呼吸を整えるが息を大きく吐いたところで、カクはのブラウスの裾からすっと手を差し入れた。あ、と気づいたに抗う力はない。
 カクは固くしこった突起に指を添え、それを上下左右に動かした。押し込むようにしてみたり、円を描くように回してみたり、弾くようになぞってみたり、指の動きに合わせて先端がくにくにと色んな方を向く。

「あっ! いやッ」

 背をしならせていた先ほどまでと異なり、今度のは背を丸め、カクの指に呼応するように身体をびくつかせた。声も我慢できないようだ。だが、いくら背を丸めたところで、後ろには自分がいるのだから避けようとしても限界がある。結局、はカクにぴたりと身体を密着させただけだった。

「ち、がうッ、あァッ──」

 がようやく言葉らしきものを発する。『ちがう』と。話が違う、とそう抗議しているのだろうがもう遅い。

「何が違うんじゃ? ちゃんと揉んどるじゃろ」

 言いながら、ぐりぐりと突起の根元を転がすようにいじった。両方とも万遍なく。カクは、もうずっと両の膨らみから手を離していない。服越しに弄るのもよかったが、触れたの素肌はしっとりと吸い付くようで気に入った。たぷ、と揺れる肉の感触は自分の身体のどこにもない。柔肉に指が沈み、でも跳ね返してくる。それなのに、先端の突起はわかりやすく屹立していて、こんなに目立つものを弄らないのは無理な話だった。

「そん、なッ! あっ、やッ」
「誰に何を聞いたのか知らんが、ただ揉むだけよりこっちの方がずっといいじゃろ?」
「~~~~ッ!」
「良さそうで何よりじゃ」
「ちがッ、う」

 また『ちがう』だ。まあでも、言うだけならいいか。言い続けるなら、『良い』と言うまでやめなければいいだけ。幸い自分の気は長い。

「わしはこんなことせんと、本当にそう思っておったのか?」

 の耳元で囁いたほとんど息だけの声は、それだけでの官能を刺激するようだ。は問いへの答えになりうる反応はしなかった。ただ、畳んだ両脚をもどかしそうに擦り合わせただけ。腰が切なげに揺れ、もじもじと太もも同士を擦りつけるその姿も、なかなかいじらしく楽しめるものではあったが、カクは違う楽しみを思いつく。
 カクは先端への刺激はもちろんそのままに、器用に自らの足をの足に絡ませると、が足を閉じることが出来ないよう固定した。タイトスカートが腰のあたりまでめくりあがるが、残念ながら下着まではよく見えない。
 だが、にとっては羞恥心を存分に煽る体勢のようだ。顔を背け目を閉じている。その状態で、またコリコリとした感触を指で楽しむと、自由が許されている腰だけが前後し、腹筋がひくつく。

「今日は胸を揉む、それだけのはずじゃろ? ずるはいかんなあ」

 もどかしさに脚をすり合わせていた、とカクに気づかれたはたちまち顔を真っ赤にした。気をよくしたカクは、赤く上気しているの耳におもむろに舌を差し入れる。そのまま抱きしめるようにホールドして、先端への愛撫を続けると、の身体がカクの指にあわせて面白いように跳ねた。その振動をカクは全身で受け止め楽しんだ。快感をどうにも逃がせず翻弄されているを抱きとめ、カクはひたすら指だけを小刻みに動かす。

「ああっ、も、だめッ! むりぃッ、アッあッ、ああッ」
「駄目でも無理でもないじゃろ。そのまま気持ちよくなっとれ」
「んんんんッ──!」
「はあ、いい声じゃなあ。癒される。効果抜群じゃ」

カクは言いながら、服の中からそっと手を抜いた。足のホールドは決して緩めず。

「も、もうッ、おわった?」
「まさか」

 カクはまたブラウスの上から乳輪ごと乳首を摘まんだ。また初めからだ。勝手に油断していたの喉が、ひゅっと鳴る。

「あああッ! ああっ、あッあッ……ッあ──」

 が声をなくしてもカリカリと執拗に擦る。の内股がぶるぶるっと大きく震え、突起が一際充血し固さを増してもなお、動きを緩めこそすれ、止めはしなかった。ゆるゆると弄んでいると、徐々にまた乳首が固くなり、その固さに合わせてそのまま好きに弄っていると、仰け反って震え、脱力する。その繰り返しだ。

「びくびくびくびく、かわいいのう。は」

 何度それを繰り返したかは定かではないが、はすっかりカクに身体を預けている。抱きしめていた力を少し抜くと、の手がそろりと股の間に伸びた。それを制するようにまた先端を擦る。

「──ッ!」
「わしはもう十分元気になったんじゃけど……は違うみたいじゃの」
「ふっ、あっ、カ、ク。その、」

 こちらから確認できないタイトスカートの向こう側が、いったいどうなっているのか想像して、唾を飲む。その音はにも聞こえたはずだ。

「いいこと教えてくれたお礼もせんといかんし、言うてみい。どうしたい?」

 悪魔みたいなカクのささやきに、は迷う。そんなをからかうように、またカクの指が動きだす。カクの気は長い。本当に。



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