天竜人には逆らうな

「天竜人には逆らうな、ですよね?」

 嫌な予感しかないが、もちろん逆らえるわけがない。カクは目の前が真っ暗になったが、ひとまず目の前の女は天竜人ではないから消去法で奴隷だろう。この地にいるのは、神か、奴隷か、自分たちだ。神の御前に引きずり出される前に、この奴隷から少しでも情報を聞き出しておく必要がある。

「逆らうなどどんでもない。もちろん呼ばれれば馳せ参じるが……、どちらさまじゃったかの?」
「失礼しました。ミョスガルド聖の使いで、と申します」

 女性は両手を上げ、敵意がないことを示しながら、封蝋がされた書状をひらひらと振る。封蝋には確かにミョスガルド聖のシンボルマークが見て取れる。書状から女性に視線を動かすと、女性はゆっくりと笑った。



 ミョスガルド聖の書状には、天竜人が入り浸っているサロンについて調べてほしい旨が書き記されていた。会員制の極秘サロンで、ミョスガルド聖にもそれ以上はわからないらしい。身内が迷惑をかけているかもしれないから、と相変わらずのお優しさだ。
 書状を持ってきたという女性は、海軍から紹介された同業者らしい。サイファーポールでも概要すら掴み切れないというそのサロンに、の計らいで、なんとか客として来店できる手筈が整ったとのことだった。
 そして来店するや否や、

「海楼石の手錠、失礼しますね」
「“海楼石の”手錠があるのか」
「当サロンは能力者の方も利用されますので、安全のためにも手錠はすべて海楼石製です」

 サロンスタッフの女性はにっこり笑いながら、しかし、それ以上言葉を続けない。に「カクさんは私に手錠をかけたいです?」と問われれば仕方ない、諦めて両手を差し出すと、手慣れた様子で両手を後ろに回され、そのまま拘束された。ガチャリ、と無慈悲な音がして、途端に体に力が入らなくなる。立つこともままならない、というほどではないが、とてもだるく、力では絶対に抗えそうにもない。今すぐにでも座りたい。
 何かあったらどうするんじゃ、とに小声で問うと、ひとまず入店時だけですよと申し訳なさそうな顔で謝られた。
 テーブルに案内され、もたつく足で早速ソファに座ろうとすると、にそっと制止され「ごめんなさい、カクさんはこちらに」と促されたその先は柔らかな絨毯の上だ。

「地べたに座れと?」
「ごめんなさい。でも、あまり目立ちたくないでしょう?」

 カクが周囲を見渡すと、確かに手錠をかけられた人間は男女問わずみなソファではなく絨毯の上にいた。心なしかみな震えているような気もするが、それにしては怯えている様子もない。ソファにもたれるようにして背中を丸め、膝を抱えているものもいるが、何かを待ち望むような期待に満ちた目でソファに座る人間を見つめている者もいる。 カクが仕方なくソファに背を向けて絨毯の上に胡座をかいて座ると、目の前のテーブルでは香が焚かれていた。店内に充満しているのはこの香りか、と香が灰になり煙が立ち上っていく様をぼんやり見ていると、もカクのすぐ後ろに陣取り、間髪いれず両足をカクの股間のすぐそばに滑り込ませた。カクが、おい何を、と声をあげたのと同時に照明が落とされる。その瞬間、周囲の人間がみな、ごくりと唾を飲んだ。ような気がした。

ぴちゃ……ぷちゅ……
「あ……あ、んぁ……んぉ……ぉ……」
ぬちゅ……
「んぅ……あ、だ、だめ……」

 暗闇のなかどこからともなく、水音や呻き声のようなもの、何かを拒む声が聞こえ始め、カクはたまらず後ろにいるに説明を求める。はソファに座って自分の足の間にいるカクを見下ろしながら、愛おしげにカクの柔らかい髪を撫でた。

「言ってなくてごめんなさい。ここはね、こういうことが大好きで大好きでたまらない人間が集う場所なんですよ」
「こ、こういうこと、じゃと?」
「そ、こういうこと」

 そういってはカクの顔を手で包み込むようにすると、カクの両耳を指先でそっとなぞる。耳朶をそっと揺らしそのまま少し爪を立てるようにして首筋をさすられると、ぞわぞわと鳥肌がたった。

「や、やめんか! おい、手錠を……ッ!」
「待って待って。ばれちゃう」
「こんッ……、なこと、ぁッ、……ッ、聞いッ、とら、んッ、ぞ……」
「ふふ、鳥肌たっちゃってる。効いてるね。こっちも?」

 はカクの抗議を無視してシャツのボタンとネクタイを器用に緩めた。抵抗しようにもカクにはめられた海楼石の手錠はそれを許さず、カクは首もとから侵入してくるの手を為すすべなく受け入れるしかなかった。
 それにしてもおかしい。手錠の件を抜きにしても、体の感覚が鋭敏すぎる。自分に殺意を抱く輩を相手にしたことはあっても、こんな、──淫らな──ことは。
 はカクの混乱なぞお構いなしに、胸の突起にそっと指を添える。

「ほら、やっぱり。こんなに固くなっちゃって。鳥肌もすごいね。ぞわぞわする?」

 は左手を胸元から抜き取るとそのままカクの目元を覆った。そして右耳に舌を差し入れ、右手で胸元の飾りを指先でこりこりと弄り始めた。

「ぁっ……い、いい加減に、ッせん、と……!んぅっ……」
「どうでふ? ひもひいい?」

 耳を甘く噛まれながら吐息まじりで囁かれると、背中の方からむずむずと快感がせり上がってくるようでカクの肩が震える。弄られ続けている胸の尖りからは甘い痺れが広がっていった。はいつの間にかヒールを脱いでおり、足先を柔らかく使ってカクの足の間、鼠径部や内股を優しくなぜまわしている。

「よかった。こっちもちゃんと反応してますね」
「うっ、うるさ────あぅ、あッ!」
「あ、ごめんなさい。左側も可愛がってあげたくて」

 カクの意に反して膨らんでいく股の間のそれに意識を持っていかれている間に、先程まで放置されていた左胸の飾りも右胸と同様に転がされ、カクは思わず声をあげてしまった。手で口を覆いたくても海楼石の手錠は能力者の身には重くのし掛かる。
 は指と足を器用に動かし、決して刺激を緩めないようにしながら、淡々と説明を始めた。

「何もわからなくなっちゃう前に説明してあげますね。ここはね、大事な“私の”お店なの。ご主人様と奴隷がこうやって楽しむ、秘密の、秘密のお店」

 言いながら、固くしこった突起を両方とも摘ままれ、カクの口からたまらず「ぅあ゛ッ!」と短い悲鳴のような声が漏れる。そのまま、ぐりぐりと押しつぶすように指を動かされるとカクの腰がびく、びく、と揺れた。じわじわと迫りくる快感を逃がしたくても、の両足がそれを許さない。

「会員の方には色んな……海軍や政府関係者の方も……いらっしゃるかもね。でもそれだけよ。それなのに、うちに天竜人が来てるとか、そしたらそれをミョスガルド聖が心配してるとか、お客様から聞いてね。ミョスガルド聖で助かったけど、それでも慌てちゃった。こんなお店が天竜人に知られたら……、どうなるかわかるでしょう? だから、カクさんには『何の問題もなかった』って言ってほしくって。根回し頑張ったの」

 が淀みなく説明している間も絶え間なく与えられる快感に、カクは体を跳ねさせながらも、なんとか理解しようと頭を振る。だがその程度で振り払える快感ではない。結局、「やめろ」とも碌に言えずに、ただ必死に声を我慢するだけだ。

「ッ、そ、そんなのッ……わ、しは死ッ、んでも…言わ、んぞ」
「大丈夫。それは方法があるし、あとね、記憶も飛びますから」
「まさか……」

 は恐ろしいことをさらりと言ってのける。わかってやっているのか、笑顔なのが余計に恐ろしかった。のたおやかな笑顔に血の気が引いていく。

「ごめんなさいね。私も必死なの。申し訳ないとは思っているのよ? こんな無理矢理ね。だからお詫びにせめて、どうぞ心ゆくまで楽しんで? ほら、このまま、この固いのコリコリしたら、どうなっちゃうかな?」
「や、めッ! ぁ、あ゛ッ! ~~~~ッ!」
「ふふ、気持ちよさそうだけど、……恥ずかしい?」

 恥ずかしいかと問われ、頷くことすら屈辱だ。せめてもの抵抗に、何も言わず唇を噛む。背後のは、そんな自分の最後のプライドさえも見透かされ、こんなのには慣れっことでもいうように、唇の端だけで笑っているような気がして癪に障る。

「大丈夫、全部このお香のせいですよ。これね、催淫効果があるの。感度が高まるのよ~。だから、カクさんがいやらしいわけじゃないですよ。安心して気持ちよくなってね」
「さい、いん……?」
「そうそう。だから恥ずかしくなんてないですよ? だってお香のせいだもん」

 それなら……、と快楽に身を任せ、甘い言葉のまま揺らぎそうになる弱い自分を慌てて振り払う。

「ふふ、こっちもどんどんムクムクしてますね。よかった」
「う、うるさ──あぅ、アッ!」
「全部夢ですよ、夢。夢なら気持ちよくたっていいでしょう?」
「ッ、ゆ、ゆめ……」
「そう、夢です。起きたら何も覚えていませんから」
「そん、な、ッああぁああ!」

 スラックス越しに今までずっと放っておかれた股の間の滾った熱を下から上に思い切り足で扱かれて、今日一番の声が出る。店内に響き渡ったそれを機に、あちらこちらのテーブルからカクのそれと同じ甘美な絶叫がこだました。

「いい声」



 スラックスと下着、お靴も全部脱がしてソファに乗せてあげて、あと足を抱えててもらえる? と、がスタッフの女性に指示をだすと、すぐにスタッフ二人が、もうまともに立てなくなったカクを持ちあげソファに座らせた。そのまま両脇に座ると、無言でカクの両足をそれぞれ抱える。ソファの上で、まるで母親が子供を抱えて排泄させるようなポーズを取らされ、カクの秘所が露わになった。かすかにまだ残っている理性がカクの足をばたつかせるが、海楼石の手錠と、快楽で何度も痙攣させられた身体には、振りほどくほどの力は入らない。

「大丈夫、暗くて何も見えてないですよ」

 が楽しそうな声音で真っ赤な嘘をついているのがわかる。メインの照明は落とされているといっても、間接照明のうすぼんやりとした灯りはあり、目も慣れた。カクには目の前ののうきうきとした表情がわかるのだ。それならもちろん。
 こんなところで情けをかけられ、破壊の限りを尽くすような怒りを覚えるところだが、催淫効果のある香り、筋肉が弛緩するかのような海楼石の手錠、散々跳ねさせられた身体、もう何かを考える余裕がなかった。とにかく早く終わってくれと、そればかり祈る。
 恥ずかしがり屋さんだから目隠しもしてあげて、というの声に両脇のスタッフが手際よく布でカクの目元を覆った。

「痛くしないから、リラックスして」

 まず指で慣らしますね、というの声色は、単に何かの施術や治療なんかを始めるように聞こえて、カクが取らされているポージングとのギャップに余計羞恥心があおられるが、それも束の間だった。
 カクさん、怖いかもしれないから貴女たちはお耳とお胸を可愛がってくれる? というの言葉に、両脇の女たちが首肯の代わりに耳に舌を、乳首に指を添えたかと思うと息つく間もなくそれぞれが思い思いに弄び始める。激しいわけではなく、むしろ、ゆっくり、身体に快感を覚えこませるかのような執拗な責めでかえって辛かった。

「あっ! あ、ああっ……ふ……んッ──! ん゛ん゛ッッ!」
「本当にごめんなさいね。両耳舐められながら両乳首かりかりされたら、それだけで気持ちよくてたまらないのにね……」
「や゛、めさせ……ッ、ろ、ぉッ……んッッ」
「んん~……、でも、それしながらのほうがいいと思うのよ」

 鼓膜を震わせる控えめな水音と規則的に休むことなくタップされている胸の突起からのシグナルはすべて快感に変換されて、股座のモノを滾らせていく。ほとんど刺激されていないそれは、健気に上を向いて切なげに震えるばかりだ。

「力抜いてねえ、あっ、すごおい……」
「ふっ、ぅあッ……、ん゛ッ! や、め……~~~~ッ!?」
「わあ、飲み込むの上手ですね」
「あ゛ぁあッ! きもち、わる、い……ッぁ、はゃ、く、ぬい、て、ぁあッ!」 
「気持ちよくてびっくりしちゃいますねぇ、お香のせい、お香のせい」
「ゃ、やめ゛ッ! そこッ、あ゛っ! なん……、あ゛ぁッ!」
「あぁ、いいなあ。私たちはもう体が慣れちゃって、あんまり効かないのよねえ」

 の指がそこに触れるまではかすかな希望を抱いていたのに。
 無慈悲なの指が自分で触れようなどと思ったことのない穴に指を入れ、執拗に一点をトントン、トントン、と押し込むように刺激する。押し込まれるたびに、頭が真っ白になり、自分の知っている「自分」がいなくなるようで、カクは初めて恐怖した。
 これは、知らない。
 そこ、を指で軽く押されるだけで、じゅっと快楽が染み出し、一瞬で全身に回るような錯覚を覚える。ずっと放っておかれているペニスは、腰が浮き身体が跳ねる度にひくつき鈴口からだらだらと透明の液体を溢れさせ後孔を濡らすほどだ。
 耳を犯す水音の間隙を縫って、指示を出すの声が途切れ途切れに聞こえてくる。ただ、耳を澄ませてもかえって差し込まれる舌の音を拾うばかりで意味がなかった。

「ああぁああぁああッ!?」

 急に散々放っておかれた陰茎を扱きあげられて、大きく口を開けて喘いでしまった。そのタイミングで口に何か器具があてがわれ、口が閉まらなくなる。

「口枷って、……私、大っ好きなんです。カクさん……、いえ、人間から「言葉」を奪っちゃえるでしょう? これでもう私、カクさんが何を言ってるか、」

「全然わかんない」
「ふっあ゛ぁッ! あ゛ッ!! あ゛ァっ!」
「え? 気持ちがいい? よかったあ、それならもっと動かしますね」
「あっああぁあ゛あ゛ッ! ~~~~ッ!」
「ふふ、ぎゅうぎゅう締め付けてきてすごいわあ」
「ぅあッ────ぅあ、あ、あっ、あっ、あっ──ッッ!!」
「ほら、いっちゃうね……いく、いく、いく……」
「ぁあ゛っ! あっ! あ、あ、ああっあ゛、い、いう、いう、い゛っ!」
「いっちゃえ」
「い゛っ──ッ!」

 びりびりと電流のような衝撃が全身を貫いて、視界が真っ白になる。快感がはじけて、籠った熱が放出されていく。びくん、びくん、と肉棒が痙攣しているのがわかった。 薄れゆく意識の中で、の、これくらいでいいかしら? という不安げな声が聞こえる。お任せください、と答えたのは両脇の女たちだった。
 まずい、と思った時にはもう遅く、カクはそこで意識を手放した。



「おお、カクくん。多忙なところすまなかったね」

 サロンへの潜入から数日後、ミョスガルド聖から報告のため呼び出しがかかった。応接間のソファに座るよう促され、出されたコーヒーに口をつけながら、とんでもない、と口だけは気を使っておく。

「で、どうだった? 天竜人がまた市井の人々を虐げていなかっただろうか?」
「店長曰く、天竜人が来たことなど一度もないそうじゃ」
「そうだったか! いやはや、なんとも……それなら一安心。だが、無駄足を踏ませてすまなかったね」
「いえ、お気になさらず」
「そういえば、さんから君宛に招待状が届いていたよ」
?」
「今度は自分のお店にも遊びに来てほしい、と」

 私も一度行ってみたいが気を遣わせてしまうからね……、というミョスガルド聖の言葉が遠くに聞こえる。
 受け取った招待状から、仄かに懐かしい甘い香りがしたと思ったら急に心臓が跳ね上がる。あわせて、なぜか後ろの穴がきゅ、とすぼむ。わけもわからず、招待状の字を見つめ続けた。

“辛くなったらいつでもご相談下さい”



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