君の目を奪うニュースが邪魔で爪立てて
「見ろよ」と花に咆哮



 ニコ・ロビンは想像していた以上に大人しく、実に従順に政府に与した。そのことについてカクが「逃げ続けて二十年。今さらなんじゃろうな」などと口にしていたが、はっきりいっておれにはそんなことはどうでも良かった。どんな理由であれ、今、『悪魔の子』は我らの手中にある。大体、犯罪者の、賞金首の理由など、くだらないものだ。
 ただ、本音を言わせてもらえれば少々つまらなかった。拍子抜けしたと言ってもいい。当初は、おれたちに捕まえたと思わせて、出し抜くつもりかと内心警戒していたものだが、ニコ・ロビンは本当にただただ従順だった。
 ウォーターセブンでの潜入任務も五年が経とうかというある日。ブルーノに連れられてきたニコ・ロビンは、笑顔こそ見せなかったが、敵意を向けるわけでも、瞳を揺らすこともなく、そっと簡素な円卓についた。それは、ニコ・ロビンがこの計画に参加することを承諾したという、裏切りと服従の証。今まで捕らえ、もしくは葬ってきた罪人たちとは少々毛色が違うようだ。それが第一印象。

「あなたのことは」

 そのとき部屋には二人きりだった。資料に目を通すおれと、新聞を開くニコ・ロビン。言葉を発したのはおれではない。ニコ・ロビンはふてぶてしいほどの優雅さで新聞に目を通しながら、続けた。

「なんと呼べばいいかしら?」
「何とでも。世界政府のクソ野郎でも、極悪非道な殺戮兵器でも」
「……長いわ」

 円卓を挟んで対面にいるニコ・ロビンは、おれから答えを得るのは諦めたようだ。折れそうな細い指でゆっくり新聞をめくり始め、紙がこすれる音だけがする。別にこの会話で何かを期待したわけではないが、ニコ・ロビンから大した反応も得られず、些か腹立たしく思った。

「あなたは理由を問わないのね」
「興味がない」
「私にはわかる」

 ニコ・ロビンは相変わらず新聞から目を離さずに声だけをこちらに放った。切り揃えられた黒髪はまるでベールのようにニコ・ロビンの表情を覆って、こちらに何も悟らせない。作為的に思えて、それがまたおれを苛立たせる。さっきからおれは何を、とは考えない。

「あなたが理由を問わないは、理由を問うて生まれる何かが怖いからだわ」
「なんだと?」
「怖がりなのね」
「口を慎め。貴様がどういう状況にあるか思い知らせてやろうか?」
「遠慮するわ。自分の置かれている状況くらい、理解しているから」

 ニコ・ロビンはこちらを見ない。円卓の向こうの、女が遠い。
 ガタッ、と椅子が床を大きく鳴らすと、ニコ・ロビンはようやくこちらに瞳を向けた。少し見開く切れ長の瞳。歪む己の口元。ニコ・ロビンも薄く笑みを浮かべている。邪魔な新聞ごと女の細い首に豹の爪が届くその少し前。整った黒髪がてんでばらばらに踊って、幾本もの手が花弁を伴い咲き乱れる。手首と頸動脈に冷たい指先を感じたのは、ほんの刹那。

「テーブルの上に載るなんて、お行儀が悪いわね」

 おれの爪は何を掴むこともなく空をかき、ニコ・ロビンの喉はつつがなく震えた。
 くそ。この感情にも理由なんて。

無調のバガテル

知りたくもねえ