真夏の葬送
いつも親切にしてくれたおじいちゃんが亡くなって、お別れの場があるとマキノさんから教えてもらった。私も行ってみてかまわないらしい。
おじいちゃんはいつも軒先の椅子に腰かけて、本を読んだり昼寝をしたり、流れる雲を見て過ごしていた。犬や猫や子供を見かけると「おなかすいていないか」と心配して、犬や猫にはよく逃げられていたが、子供はクッキーや果物を少しだけもらって喜んだ。大人には「大きくなったな」と声をかけていることが多く、私もある日「大きくなったな」と声をかけられ、ああ、もう私は大人になったのかと、こんなところで実感するなどした。そんなおじいちゃんとのお別れだ。
真夏のこうした会は初めてで、私は黒い半袖のワンピースを選ぶ。こげ茶色の地面の影は伸びることなく、すぐ足元にとどまっていた。頭のてっぺんがじりじりと灼け、髪の毛が焦げるんじゃないかと心配になる。少し歩くと、道の先に見慣れた麦わら帽子を見つけた。
「ルフィもおじいちゃんのおうち?」
挨拶もしないうちにそう声をかけたのは、ルフィが黒いシャツと黒いスラックスを身に着けていたからだ。振り向いたルフィは「おお」と短くそれだけ言った。失礼ながら、ルフィがちゃんと黒い服を着ていることに驚いてしまう。地面の影よりずっと黒いその服は、意外にもルフィによく似合っていた。不謹慎なのは重々承知の上で、おじいちゃんごめんねと心の中で謝罪しながら、ルフィったら格好いいじゃんか、とばしばし背中を叩きたくなる。
ルフィは黒い長袖のシャツを腕まくりして、シャツの裾はスラックスにしまい込み、それをこれまた黒いベルトできゅっと締めていた。麦わら帽子と草履はいつものルフィで、それもまた彼らしいなと思う。
「こういうのは“ちゃんと”だろ? マキノに教わったんだ」
ルフィはなんだかさっぱりとした笑顔でそう言った。「じいさんには、よく食いもん貰ってたからな」と呟いたルフィも、私と同じようにいつの間にか大人になっていたのかもしれない。
おじいちゃんのおうちに着くと、おじいちゃんの息子さんが時折涙を浮かべつつも、口元には柔らかな笑みをたたえながら参列者の人たちと話していた。おじいちゃんは大往生で、ご家族はみな覚悟が出来ていたのだという。おうちには、私たちのようにおじいちゃんにおなかをすかせていないか心配された元・子供も何人か来ていた。おうちに着いたルフィは家の中をぐるっと見回して棺を見つけると、大股ですたすたとまっすぐおじいちゃんに会いに行った。そして、棺の中のおじいちゃんに一言、二言声をかけて、また戻ってくる。
「よし」
ルフィは満足そうにしていて今にも帰りそうだったので、私も慌てておじいちゃんのそばにそっと足を進めた。
棺の中のおじいちゃんは真っ白で、正直びっくりした。こんな肌の色は初めて見る。このおじいちゃんに、まるで生きていた時みたいな自然さで声をかけていたルフィにも恐れ入った。今日はルフィに驚かされてばかりだ。気を取り直した私もおじいちゃんにそっと話しかけるが、おじいちゃんは何も言わない。
帰り道の空の青さは残酷なほどだった。おじいちゃんの息子さんは、この空の下で思う存分悲しみ、泣けるだろうか。私なら泣けないかもしれない。抜けるように空が青くて、忌々しいほどに晴れていて、太陽が燦々と照りつけて、吹く風は無く、黒く濃い影法師が、太く短く、足元で戯れている、こんな良き夏の日に。
ルフィは、道の真ん中で立ち止まると、軽く腰に手を当て、雲一つない青を見上げて微笑んだ。あまりに眩しい太陽に目を細めているだけかもしれないけれど、私には彼が笑っているようにしか見えない。そういえば、今日の彼はずっと笑っている。もちろん、歯を見せることはなかったけれど、口角がほころんでいた。
「ルフィ。なんで今日、あんまり悲しそうじゃないの?」
ルフィは空を仰ぎ見るのをやめて私に向き合った。なんて聞けばいいのかわからなくて、だいぶ失礼な聞き方になったが、ルフィは少し目を丸くしただけで腹を立てることはなく「じいさんが昔言ってたんだ」と前置きして教えてくれる。
「『わしは夏に死にたい。悲しむのも憚られるような夏の日に』ってよ。じいさんが死にたい日に死ねたなら良かったと思ったら」
笑っちまってたか、悪かったな。
ルフィは背伸びしながらそう言った後で、ところで「はばかられる」って何だ? と首を捻っている。
ルフィが教えてくれたおじいちゃんの言葉は、死の気配に鈍い私にもなんとなく理解できた。死にたい、はまだよくわからない。でも、今日という夏の日が、悲しみにそぐわないのはわかる気がした。おじいちゃんはみんなに悲しんでほしくなかったんだ、と思ったら、息子さんが涙ぐんでいるのを目にしても、棺の中の真っ白なおじいちゃんと対面してもこみ上げてくることのなかった涙が、急にせりあがってきた。最期まで優しいおじいちゃんだった。
「私のお葬式にもさ、今日の服で来てよ」
鼻をすすりながら私がそう言うとルフィは「当たり前だろ。ちゃんとするに決まってる」とちゃんと真面目な顔で約束してくれたので、私は安心して、生きていくことにする。
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