あなたのお気に召すまま

 パウリーはなんというか、女性が苦手というか、免疫がないというか、妙に古臭いというか、はたまたただ単に極度の照屋さんというやつなのか、判断はし難いが、要するに女性、特に肌の露出が多い女性に対して「なんてハレンチな格好をしているんだ!」と怒鳴るような男だった。肌を露出する、つまり、肩や臍や脚を出すだけで、顔を真っ赤にして、手でその目を覆って、何でもいいから早く服を着ろと喚くのだ。服はもう着ているのに。
 世界にはこんな女の子がそこかしこに溢れているというのに、パウリーはそんな女の子たちをみんな天敵としてしまっている。こんな調子でどうやって生きていくというのだろう。だから私のこれは慈善事業、ボランティア。そして彼の言葉を借りれば嫌がらせ、セクシャルハラスメントとなる。

「またお前はッ! なんで俺が来ると脱ぐんだよ! 腹を出すな!」
「最近同じことばっかり……いい加減、諦めるか、慣れるかしないの? そんなんじゃ、生きていけないでしょう」
「余計なお世話だ!」

 私は造船島、よりは裏町寄りにある酒場で給仕と接客を勤める一店員なのだが、ある夜のこと、ガレーラカンパニーの職長と名高いパウリーがふらっと入ってきて、ヤケ酒と思しきものをあおっていた。多分、ギャンブルで負けが込んだのだろう。ちくしょう絶対くると思ったのに、とギャンブルに弱い人がよくいう台詞が聞こえてくる。
 その様子がなんだか不憫に思えて、なんとなく声をかけ、お酒だけだと身体に障ると賄いの一皿を出してあげたのだが、それが妙に気に入ったらしく、酔って焦点が定まらないようなぼうっとしていたパウリーの目が、ぱっと見開いた。
 ふらふらと危なっかしい足取りで店のドアを開けて帰路につくパウリーを見送った、次の夜。パウリーは会社の職人仲間を大勢引き連れてやってきたのだ。その時期は、どうしても店の売り上げが落ちる時期だったので、不意の売り上げに店長も喜んでいた。今はそれも落ち着いて、パウリーとカクさん、ルッチさんあたりがたまに連れ立ってやってくるだけになっている。元々、常連さんがのんびりと過ごすような店だったので、これはこれでありがたい。

「ほら、お兄さん。あっちの子もなかなかに煽情的じゃなくて?」
「やめろ! 人のことよりもまずはお前だ!」
「……なんだか、すごく真っ当なことを言ってるように聞こえるね?」
「真っ当なことだろ!」

 新しいグラスと空いたグラスを交換しながら、適当なおしゃべりに興じられるくらいにはパウリー達は通ってくれた。そんな中でカクさんから教えてもらったのが「パウリーは女の肌に弱い」だった。

   ◆

 その日は、仕事が早く片付いたとカクさんだけが先にお店にやってきた。グラスを傾けながら、わしはどうも優秀すぎてのう、と冗談に聞こえないジョークで笑いを誘ったそのあとのことだ。

「肌? 露出ってこと?」
「社内では結構有名じゃぞ? 社長の秘書が毎日喚かれていて気の毒じゃ」
「そうなんだ……。私なんかでも、何か言ってくれるかな?」
「“なんか”なんぞ言うもんじゃない。ちゃんならパウリーのやつ、叫ぶぞ」

 カクさんにそう言われて、少し試してみたくなってしまった。暑いからと言い訳して、カクさんに唆されたのだと言い訳して、今日羽織ってるシャツの下は、たまたまタンクトップだった。

「……絶対ないし、聞くのも恥ずかしいけど、カクさんが見たいとかじゃ、……」
「いや、わしはちゃんなら大歓迎じゃけど」
「~~ッ!」
「でもまあ、風邪ひかんようにほどほどにの」

 その言い方は、お爺ちゃんが孫娘に向ける言葉くらいの安心感があって、やっぱり聞いたのが恥ずかしくなったけど、私は単純なので大歓迎と言われて嬉しい気持ちの方が勝った。今日は暑いよね、とカクさんに問うと、カクさんが、おうおう暑すぎて死にそうじゃ、と悪巧みの笑顔で答えてくれる。そうだよね、と羽織っていたシャツを脱いで腰に巻いた。
 ちょうどその時、店のドアがチリンチリンと鳴って「カクのやつ、うまいことやりやがって」と言いながらどやどやと大股で店に入ってきたパウリーと目が合った。

「いらっしゃい……」
「なななななんて格好してるんだお前はッ!! シャツを羽織れシャツをー!!」

 ほらの、言った通りじゃろ? という顔をしたカクさんと目が合う。

   ◆

「パウリーはさ、あの子には、言わないの?」あの子、に聞こえないように声を潜める。
「あ゛ァ…? 何を?」

 今日のパウリーは一段と機嫌が悪いようで、それはもしかしたら私のせいかも、と自分の格好を顧みる。今日は丈が短めのタンクトップに、ショートパンツ、あとサンダル。いつもより肌色が多いかもしれない。全部乗せって感じだ。これは確かに、ちょっと調子に乗ってやりすぎたかも。

「服を着ろって、言わないのかな? って」
「……知るかっ」

 パウリーはこれ以上話すことはない、と言わなかったが、代わりに態度で示した。そっぽを向いて、グラスを豪快にあおって空にすると、ゴトンとテーブルに置いて「同じの」と一言。
 やりすぎた、とは思っても、今更またシャツを羽織るのは、それはそれできまりが悪い。だってそれじゃあまるで、パウリーのためだけに脱いでたと言うようなものじゃないか。
 私は全然気にしていません、という笑顔で「はーい」と返事をして、カウンターの方へ戻る。お酒を準備していると、カクさんがカウンターに腰かけた。たまらず縋りたくなってしまう。

「カクさーん……、私のせい? だよね?」
「いい、いい。ありゃあ、拗ねとるだけじゃから」
「拗ねてる?」
「仕掛けたわしにも責任があるからの、種明かしを一つ」
「え?」

 カクさんが、ちょいちょい、と手招きするのでパウリーのお酒を持ってホール側に回って、カウンターに座ったカクさんのそばに行く。カクさんがパウリーから口元を隠すように内緒話のポーズをとるので、つられて耳を寄せると、こちらを睨んでいるように見えるパウリーと目が合って気まずい。

「パウリーはな、気心知れた……仲良しにしか、言わんのじゃ」
「え?」
「服じゃ、服。道行く全員を捕まえて「服を着ろ」なんて叫んどったら、それは頭のおかしいやつじゃろう?」
「た、確かにそうだけど…」

 そこまで言うとカクさんは内緒話をやめて、パウリーの方を向いた。今度はパウリーが、ぎくりときまずそうにしている。

「じゃからの、パウリーはちゃんを仲良しと、そう思っとるっちゅーことじゃな」
「おいカク!! お前何をッ!!」
「今日のちゃんはちょーっと刺激的すぎたのう、パウリー?」

 図星だったのかわからないが、パウリーが顔を真っ赤にして言葉を失っている間に、カクさんが私を見つめて一言。

「そういうのはな、パウリーにだけ見せてやってくれんか?」

 わしは大歓迎じゃけども! と力強く言うカクさんがおかしくて、涙が出るくらい笑った後、ひとまず拗ねているらしいパウリーのためにシャツを羽織った。パウリーはというと、せめて長ぇスカートはねェのか? とこの期に及んでまだ私に服を着せようとする。



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